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「中国・上海/浦東空港篇」
●上海へ飛ぶ 上海行きの飛行機の中では、かなり狭苦しい思いをした。身の丈150cmの私でさえ、「狭いよ」と文句のひとつも言ってやりたいほどシートの前後左右の間隔は狭く、なおかつ中央列4人掛けの真ん真ん中に座らされたのだから、出鼻からストレスが募る。鼻血が出そうだ。だったらファーストに乗れという向きもあると思うが、中国とはいえ飛行機のチケットは日本のそれとあまり変わらないくらい高い。よって、エコノミー。 連れは、以前日本から中国へ行く飛行機の中で、座席下に突っ込んでおいたバッグから財布をすられた苦い経験があるので、いやでも緊張感は増す。「財布は背広の内ポケットの中に入れておけ。パスポートもだ」と再三注意するので、うんざりしているようだった。隙あらば刺されるくらいの緊張感を持っていなければ、外国人と悟られた時点ですられるのだから、致し方あるまい。侍の気迫だ。 「飲み物は?」と聞かれ、「コーヒー」を所望すると、ご丁寧に砂糖+クリープ入り。しかも紙コップにホットが注がれる。手渡された紙コップが「あちち」というのは、中国に於いてまず当たり前のことなので、注意が必要である。気の休まる暇はない。 あまりに気を張っていたものだから、機内食で何を食べたのか忘れた。つまり、旨くはなかったということである。カニではなかった、ということである。 ●上海・浦東空港 今回のパイロットはかなりの腕利きらしく、「ほらよっ」てな具合にちょちょいと着陸した。「山手線の運転手さんのようだなあ」と自分以外には誰も理解できないような感想を持った。つまりそういうことである。 私たちの乗った飛行機は滑走路からぐるぐるとずいぶん走って、なんにもないところで止まった。小さな窓から蕭々と雨が降ってるのが見える。通路に立った他の客はどんどん降りてゆく。 機内の客がまばらになってから席を立ち、出口へと向かった。 出口の先はちゃちな階段だ。もちろん雨よけなどない。客はみな雨にそぼぬれながら、50mほど離れたところに停まっているバスへと向かった。轟音のする主翼の下を、ちっさい飛行機だったなと見上げながら歩いた。バスまであと少しの所で、バスは去ってゆき、濡れ鼠。まもなく後続のバスはどこからともなく到着。残り僅かとなっていた客は、そのバスに乗り込んだ。気温は東京の冬とさほど変わらない気がした。 「国外旅客専用」のゲート前を通過し、「国賓・高官専用」のゲート前も通過し、一番遠くの「国内旅客専用」ゲートに到着。空港ビル内に入ると、観葉植物のある風景だった。思わず「観葉植物だ」と、口にする。床はぴかぴかに磨き上げられていた。この国では、清掃が行き届いていてなおかつ観葉植物があるという場所にはなかなかお目にかかれない。しかも、預け荷物受取所へ行く途中には、緑の芝生に竹の配された中庭があり、空間の設計にも気を配っていることがうかがえる。都市度は増すぞ。
■上海・浦東空港の天井■
ターンテーブルの前で荷物が流れてくるのを待っていると、東南アジアっぽい言語が聞こえてくる。「カパカパ」と言っているようにも聞こえる。広東語だ。英語も聞こえる。いわゆる普通話(北京語)と呼ばれる中国語は余り耳にしない。いったん緩んでいた緊張が再び高まった。 預け荷物を無事手にして、タクシー乗り場のある場所を横目で確認し、トイレへと向かった。トイレを見ればその家がわかるといわれるように、街だって同じだ。国際空港でいったいどれくらい衛生に気をつかっているか気になるところだった。 わりと広い。壁沿いに個室が並び、中央に洗面台が背中合わせに二列ある。二列の洗面台の間にはいると、気が遠くなるような大きな合わせ鏡の世界が無限に広がる。その傍らに、お掃除おばちゃんが、雑巾を手に突っ立っている。人が用を済ませて出てくると、おばちゃんはおもむろにその個室に入って行き、汚してないかチェックし、簡単に拭き掃除をしてくるらしい。今年5月のSARSの流行があったからかもしれないが、丁寧な仕事だ。私は、その丁寧な仕事を見ながら、洗面台の前でしばらく待っていた。なぜなら、扉がすべて閉まっていたからである。二、三人しか個室に入っていくところを見なかったが、私はなぜかすべて「満室」と勘違いしていた。その二、三人が立て続けに出てきてはじめて空室だらけをであることを悟った。ドアのノブの所をよく見ると、あの赤と青の「使用中」、「空室」を示すラインが、微妙に「青優勢」である。あっちのドアも、こっちのドアも青優勢。扉が閉まっていれば「使用中」であると、犬のように信じて疑わなかった私は、世界がゆらいだ。 お掃除おばちゃんは、空室だらけのトイレに入ってきて、個室の扉をぼんやり眺める女をどう思っただろう。 正気に戻った私は、個室に入る。ー失礼して、続けてトイレの描写をさせていただきます。おお、きれいだ、と小さく喜んだ。と、ここで「おひょっ」と声をあげそうになった。中国の便座は、日本のそれと比べて幾分開口部が大きい。気を緩めると、すぽっと入りそうになる。「O」が広いところだと、一度立ち上がって「中蓋降ろしたよな」と目視確認するくらいだ。子供ならうっかりすっぽりだろう。 個室から出て、洗面台へ向かうと、お掃除おばちゃんはすたすたと今私が出てきたばかりの個室へ入っていった。何となく恥ずかしく、顔を合わさぬようそそくさとトイレを出た。 私はトイレを出ると、動揺を押し殺し、できるだけ平静を装った。「空港を出たところにはタクシーの客引きが大勢いる」という情報を前もって得ていたため、再び緊張度が高まる。私たちがよく利用する大連の空港では、ロビーに出てきた日本人を見つけては、「タクシー、タクシー」と言いながら二、三人一組で寄ってくる。ここは大連より大きな街、上海であるからさらに気を引き締めなければ、何をされるかわからないぞと、外へ一歩出た。グワッと人集りが押し寄せた。迫る人垣に再び世界がゆらぐ。八方から伸びてくる手には名刺大のカードが握られていた。航空会社、タクシー、その他よく分からない業種の広告だ。見るとまだ10代前半の子供もいる。顔の前にちらつかせるのまでいる。一気に鼻血が出そうになった。掴まされてなるものかと、コートのポケットに手を突っ込んだ。すると、突っ込んだその手を追って、カードをポケットに突っ込んでくる。道ばたに塵を捨ててはいけないとしつけられてはいたが、「母よ、すまぬ」と突っ込まれたカードを手首にスナップをきかせて投げ捨てた。投げ捨てたと思ったら、次の一枚がポケットに入っている。吠えるかと思った。すでにタクシーの前に着いた連れが「何やってるんだ」と怒鳴った。カード配りに対してではない。私にだ。「ポケットに入れてくんだよ」と、私は怒鳴っていた。連れが言うには後ろを歩いていた見知らぬ中国人のおばちゃんも怒鳴り声を上げていたそうだ。 空港出口から10mも離れていないタクシー乗り場に着くころには、カード配りたちは新たに出てくる客に狙いを定め、入り口に群がった。ほっと安心して、タクシー乗り場の係のおじさんに宿泊予定のホテルの名前を告げた。ホテル名を書いた紙を見せると、「あー、はいはい」といった様子で運転手さんも頷いた。 タクシーの運転手は、こういった外国人旅行客の相手は慣れているようで、まずほとんど喋らない。落ち着いて乗っていられる。たかろうとする運転手は、決まってよく話しかけてくるからだ。 空港を出ると高速道路で一路上海市内へと向かう。この浦東国際空港というのは、日本で言えば成田空港のような所で、都市部からかなり離れたところにある。ラジオをぼんやり聞きながら、渋滞を眺めていた。 (written by Hitomi Kuramitsu) |