「袋井・法多山尊永寺篇」


みやげもの屋通りを歩く

■山の中■
  法多山行きのバスで辿り着いた場所はすっかり山の中だった。まあ、当たり前と言えば当たり前の話。山に向かったのだから。
  山の裾野には、和風飲食店や土産物屋が建ち並んでいる。こういう土産物屋にはたいていなぜかわからないが、くだらない玩具が売られており、そのくだらなさといったらない。しかし、まあ、子どもの時分にはそういうものが夢の玩具に見えるわけだけど。そして、ここでは「ふ」が売られている。鯉の餌に使われるあの「ふ」だが、やたらと長いものや、丸いもの、形は大小さまざま。
■かなり昔のパチンコ台■
  そんな土産物屋の一角に古めかしいパチンコ台の並ぶ場所がある。自動玉貸機は100円。やってみようとも思ったが、とにかく先を急がなければならない。寺に行かなければ。
  途中、二つの和風飲食店が道を挟んで、両脇に立っている。左手のひとつはしっかりとした店、値段もしっかりしている。右手のもうひとつは明らかに駄目な感じの店。迷わず、駄目な方に入った。味も駄目だった。もう少し迷えばよかった。そんな後悔をしながらも先を目指す。
■フリーマーケットをする少年■
  で、その店を出たところにいたのが、このフリーマーケットをする少年だった。ブルーシートを駐車場に敷き、自分の玩具を売っている。参拝から帰ってきたであろう大人たちがそれを見て、「その娘も売ってるのか?」とからかう。少年が「こいつはただ」と返せば、大人たちは「もう少し大きくなったら買ってやるよ」と笑いながら去って行った。
  妙にその言葉がグロテスクだった。

寺へ向かう

■尊永寺仁王門■
  今回、この寺に来たのは、観光する場所がここしかなかったというのもあるが、何より「厄除け」のためだ。ここ最近のわたしの周囲に降りかかる災難はわたしが昭和51年生まれの男で「後厄」だからではないか。厄年のせいにすれば、なにかと便利なことになっている。そのための寺。
  グロテスクな俗世界から徐々に聖の世界へと入っていく。そのための門。それをくぐることで俗世界から断ち切られるのであれば、そんな楽なことはないが、実際苦難はその後に待っている。
  ちなみにわたしはどんな宗教も信仰していないし、仏教のことはよくわからないが、おそらくそういうものだろう。
■杖■
  それは門の前にある杖を見ればわかる。杖というか、単に木の棒。気の利いた小道具である。
  門を抜けると、ずっと先まで林道だ。ものすごく背の高い木。先を歩く人間の姿が小さく見える。遠くにいるからというのもあるが、でかいものがあるからだ。
■いつまでも長い林道■
■いつまでも長い階段■
  玉砂利の上をひたすらに歩く。長い林道を越えて、ようやく見えてきたのが長い階段。この階段が、また長い。寺の階段というのは大抵そういうものだが、上がりきったと思ったところにまた階段が見える。踊り場を広くとり、視覚的には頂上だと思ってしまうという仕掛けだ。苦行というか、そういうものを越えて辿り着くありがたみみたいな構造がここにはあるんだろう。
■尊永寺■
  着いた。ありがたい。お参りをして祈る。
  そして、厄除け札を購入。「お守りだけを」と言ったら、「お札も買え」とのこと。さからうと厄除け出来ない気がしたので、お札も買った。「寝室の天井、眠る上に、顔の真上に来るように張るといい」とのこと。あ、まだ張ってないや。これ、書き終わったら張るか。
  で、おみくじは大吉。とにかくいいらしい。ありがたい

厄除けだんごを食う

■だんごチケット販売機■
  帰りは林道から外れた別の道。すっかり厄を落としてすっきりした気分になり、帰る足取りも軽やかだ。
  で、その途中に、ここの名物「厄除けだんご」がある。そのためのチケットを自動販売機で購入。この際、自動販売機はどうか。松屋じゃないんだから。
  ありがたみも薄れるってもんだが、まあ、そんな文句を言っていると、厄除けだんごの効果がなくなりそうなので、我慢。
  黙ってチケットを購入し、茶店の中に入る。
■だんご作る人びと■
  チケットをおばちゃんに差し出すと、だんごとお茶を渡してくれた。よく見れば普通に餡の団子だが、串が五本、一つの固まりにくっついている。それを分けて食べることになっているようだ。
  で、無理を言って、作っている現場の写真を撮らせてもらった(左・写真)。おばちゃんたちはみんな活き活きしている。だんごを作る係と餡子を練る係、それぞれのテンポよく、波長も合っている。で、次々にだんごができあがっていくのだった。
■食い終わっただんご■
  茶店の奥、外でお茶を飲みながら厄除けだんごを食う。
  向こうには山が広がっている。新鮮な空気を感じつつ、また俗世界のことを考えていた。

戻る