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散歩
昼下がりの写生
穏やかに晴れた日は、道ばたに椅子を出してぼんやりとする老人が路地にいる。そしてそんな日には、野良猫の出現率も高い。
猫と老人はひなたぼっこに最適な日を知っている。仮説を立てたいところだが、老人は毎日そのようにして町を眺めているとすれば、たまたまわたしが町を歩いた日に天気が良く、猫も陽気に誘われて出てきた結果、わたしにはそのように町が見えた、だけである。ああ、回りくどい。
公園のベンチを囲んでブルーシートやら段ボールやらが広げられ、数人が向かい合ってなにか談笑していた。噴水から浅く流れる水辺に、この土地には場違いな感じのする大きなサングラスをかけた女性が歩いてくる。そこに散歩中の大きな犬が近寄っていき、その犬を連れた同じくらいの年齢のご婦人と会話が始まる。こちらに声は届かないが、交わす言葉の回数を見ていれば、何が語られたか聞こえてくるようだ。
写真は、散歩の最後に声をかけた猫。人恋しいのか、ご飯にありつきたいのか、すりすりと顔をすり寄せてくる。額には真新しいひっかきキズもある。頭をなでるとノミが出てきた。まだ身体も小さいのに、耳はかじられた跡がたくさんあった。立ち去ろうとすると後から追ってくる。元気でね、としか声をかけられなかった。
4ヶ月ぶりに髪を切った日。
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眠りについての1時間
朝遅く起きて高円寺へ、「ジャパニーズ・スリーピング」のリーディングを観に行く。
の前に、散歩。
散歩は無目的な方が好ましいが、土地柄、古着屋を見るという目的が出てくる。神保町を歩いていれば、古本屋に入ってしまうのと、同じ作用かと思う。
座・高円寺は居心地のいい建築物だった。造りも大きさも、照明の水玉の主張も好きだ。今回は会場が2階のカフェだったので劇場の中に入ることはできなかった。2つある劇場は吉祥寺シアターやシアタートラムのような感じかなあと、座席図を見て想像する。
地下のギャラリーの奥の扉の上には、「阿波踊りホール」書かれている。あの扉が開け放たれた時にはこの建物の表情が一変するのだろうか。
受付を済ませて開場まで三十分ほど待ち、カフェのテーブルに。TwitterやらSNS隆盛のこの時代でも人見知りばかりと見え(卵と鶏どっちが先かわかりませんが)、ここでは相席にも目に見えないボーダーが引かれる。カフェなので、開演前に熟睡セット(眠りを誘うスープと飲み物)を美味しくいただいた。
タイトル通り、眠りについての会話やモノローグで1時間。脈絡を失ったぶつ切りの構成が丸ごと夢のようだった。想像がかき立てられる。本編がどのように立ち上がるのか楽しみです。
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道に迷う理由
先日の話。
夕飯の買い物を済ませて帰宅し、駐車場の定位置に車を停めようとバックしていた。前方を確認し、後ろに下がろうと運転席の窓から右後方を見ようと振り向くと、五十そこそこの男性が立っていた。その男性はノックしてきたが即座に窓を開けることは出来ない。車中ではPodcastの落語がさげに向かって大盛り上がりしている。あたふたと落語を止め、窓を開ける。その男性の身なりが割合とちゃんとしていたから何も疑いなく窓を開けたが、「お金出しなさい」と言われる可能性だってあったわけだ。日本だからって気が緩んでいるな。
窓を開けるなり、男性はぼやく。聞けばその男性は側に止まったタクシーの客で、運転手が、道がわからないと言ってもめているらしい。散々嫌みを言っているので、検索しますよと住所を聞くと、「○丁目○」と、アバウトな住所しか言わない。それじゃ誰だって分かんないだろう、と思うが口にはしない。男性はケータイを取り出し電話をかけている。はじめからそうすりゃいいじゃないかと思うが、これも口にはしない。話を横から聞いていると、向かいたい先は一方通行多発地帯である。すでにさじを投げた運転手も、わたしも、電話が終わるのを待つ。男性は大して悪びれるふうもなく、礼を言ってタクシーに戻って行った。よほど出来た妻と部下に恵まれた人なのだろうと推測する。
話を伝えようと努めない人と話を聞こうと努めない人が出会ったときに、まま起こる出来事。
写真は、今日の散歩の出会い。
「私は迷ってなんかいない。行くべき道は心得ている」
そんな達観した目。
その頭上で鈴なりの雀。鳥の中でもかわいさのランクは高いと思う。
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散歩の習熟
昨日の日記で書いた八百屋の前を通り過ぎると、8割トマトで、隅にはサツマイモやジャガイモなどが置いてあった。整然と並べられたトマトの鮮やかさに目が行ってしまって、細部が見えていなかったらしい。でも8割トマトなのである。
今日も晴れたので散歩に出掛ける。iPhoneがあれば、迷うことも恐れずにどんな道にだって入っていけるので、だいたいの方角だけ見当をつけて知らない道を行く。散歩の習熟度も上がってきたのか、猫がいそうな雰囲気に敏感になり、垣根の向こうに息を潜めてじっとこっちの様子をうかがっている猫を探しだせるようになってきた。
ある家の飼い猫は玄関先で出された餌にがっついて、どうやら魚の骨がのどに刺さったらしく、難儀していた。手を口元に持っていくが、その先どうしていいのかわからず、猫の手は空を掻いた。あのあと飼い主に取ってもらっただろうか。
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路地の景観
昨晩はソファで眠りこけたが、その間、母猫ロムがわたしの二の腕に20分ほど「ふみふみ」しつづけていた、と夫が教えてくれた。柔らかいな、確かに。
美容室まで歩いて出掛ける。知らない路地を歩いた。行き止まりだろうと思っていた路地はその先に道が繋がっていた。側溝のような川にそって行けば、神社を幾つか通り過ぎる。車一台ほどの狭さのぐねぐね曲がった路地には、壁をくっつけあって民家が並んでいる。家の前に並べられた鉢植えは、隙間なく並べられているし、隣家に向かって伸ばしっぱなしにみえる庭木も、最近の剪定のあとがうかがえる。ただの一軒も、「ちょっとほったらかしにしたかんじ」をはみ出すことなく、路地のトーンが定まっている。すごくガーデニングを頑張っている家は、見あたらない。こういった場所に住まいを構えるには、そういう暗黙の決まりがあるのだろうか。
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川越
なんとなく足が向いてしまった川越に。美術展と観光。
NHKの「新日曜美術館」で紹介されていた川越市立美術館の長澤英俊展を観に行く。メインの展示である「オーロラの向かう所—柱の森」は、暗がりの広い展示室内に立つ49本の大理石の「柱の森」を散歩する。観客も、「暗いから」だけじゃない緊張感をもって、歩く/立っていることが要求されているように感じる。観客は観る側と観られる側の両方になるからで、ここでダンサー達がうごめきはじめたらどんな光景になるだろうかと想像して、ぞくぞくした。ああ、観てみたい。
美術館から少し離れ、「時の鐘」のある古い町並みの通りへ出る。建物の柱や漆喰や瓦が渋いが、右から左から店頭の「サツマイモ押し」が止まない。もっと路地も歩くべきだった。
と、毎週のように西へ東へ足を運ぶのは、「場所」に出会うためだったりする。
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