2月21日(金) そして、終わりに

 ようやっと忙しかった一週間が終わる。そして、この中国大連見学生活という適当なタイトルで綴ったおよそ11ヶ月の日記も幕を閉じることになる。中国に渡り初め、およそ一年。まだ何も振り返るような感慨はないが、とりあえず、中国での生活、仕事に翻弄され、格闘する毎日だった。
 そのため、見学者のほうはといえば、まともな活動は何も出来なかった。そのことについては去年の12月31日にも振り返った。
 これからの一年間の日記は小説のことを常に考え、特に弱いと考えられる「写実描写」の訓練をしつつ、あるいは中国の中にもう一歩踏み込んでいく。来年の今頃には中国北京で上演されている現代演劇の鑑賞を目標に、中国語レベルもあげていかねばならない。
 そういう意味では一日5つの新単語を覚えるため、毎日の日記には五つの単語をテーマに、日々を綴ることにしたい。そんなことができるのか。いつも野望だけは果てしない。
 TOPページもリニューアル予定。
 

11:22 02/2/22 中国時間

 2月20日(木)

 吉行淳之介『食卓の光景』を読了。出だしが凄いと思った。なかなかこうは書き出せないものだと思う。どんなかというと、いきなりこう来る。
 食い物の話をしようとおもいます。
 いきなりも何もよく考えれば、食い物の話をこれから始めるよととても丁寧に断っているわけだから、普通なわけだが、なかなか小説を書こうと思って、この一行は書けない。日記やエッセイだったら普通だが、何しろこれは小説だ。その一行だけが、丁寧語あとは地の分になっている点も興味深い。
 で、わたしも食い物の話をしようと思う。
 夕飯、わたしはジャージャー麺とおにぎりを注文したが、わたしの料理はなかなか来ず、おにぎりがようやく来て、なぜか「豚生姜焼き」が来る。いや、違う。とだけ言うと怪訝そうに中国人店員は戻っていき、しばらくしてもう一度その「豚生姜焼き」を持ってくる。「豚生姜焼きとおにぎりじゃない?」ととても馴れ馴れしく、疑わしげにわたしに問いかけてくるので、「いや、ジャージャー麺」とだけ言って取り替えさせた。
 店員が去っていって、すぐに後悔した。おにぎりも食べ終わり、今からジャージャー麺を作り始めたとして、もう時間が経ち満腹感が押し寄せてくることだろう。「豚生姜焼きでいい」と言えばよかったと思ったが、そう言ってしまえば、自分が間違えたのだということになる。そういうところで意固地になってしまう自分がいる。「すいません、ご注文は豚生姜焼きとおにぎりではなかったですか?」と丁寧な訊き方だったら、「いや、違いますよ。ああ、でも、作ってしまったのなら、それでいいです」とすんなり言えたに違いない。そう、言わせて欲しかった。しかし、中国人の庶民にそれを求めるのは間違っている。
 世界では、アメリカの戦争準備。韓国の地下鉄火災。
 生きにくい世の中である。

0:30 02/2/21 中国時間

 2月19日(水)

 吉行淳之介『出口』『花束』『紫陽花』を読了。ゆっくりと読む。時には声に出して読む。ただ読むのもいいが、いつもただ読むばかりでは読書の面白さは片面だけしか味わえないだろう。  そうか、…と書いてしばらく経った。何を思い出したというのだろう。きっとたいしたことではないに違いない。思い出したと言えば、文学界三月号が届いていたこと。
 で、そのなかの大道珠貴女史の芥川賞受賞ロングインタビューを読む。ドライな視点や、大人への視点など共感する部分多し。
 小説ついでに自分のことを書けば、『動けない朝』は書き上げて三日ほったらかしにしてあるが、過去のメモ。思いついたときの創作ノートを見てみると、もっと微細なことが書かれており、手直しが必要だと思った。というか、その前にタイトルを変える。あまりに直接的なそれは、どうも駄目な感じがする。
 わたしはやはりある程度設定を決め、とても簡単な箱書きをし、書きながら考え、そのなかで生き、何度も表現を推敲するという形が今考えられる方法だろうと改めて思った。
 とはいえ、何しろ一作目。どうなるかなどわからない。
 それとは別に高校時代のことが書きたくなった。いつかは書かなければならないのは間違いないが、それがいつかはまだわからない。とにかくこれだけは書いておかなければならないということの一つに違いなく、それはきっと中篇以上のものでなければ、書けない量になる。
 ただ、過去のことを書くというのは、すでに生きた経験があるという点で、書きやすいに違いないが、振り返りたくない部分だからこそ、振り返る必要があると感じる。本当に客観的に書けるまではあと十年かかるかもしれない。
 
 それにしても、今週もまた仕事が忙しく、先週とはまた違った物理的な忙しさ。残業の日々。
 
 それでも、精神的に追い込まれるより、物理的に追い込まれた方が、かえって集中できる。
 猫が熱い風呂の中に落ち、慌てている。妻が「どうしたの?」と言いたいところを「どうしたら?」と言う。猫が高いところから灰皿に上に落ちてきて、ひっくり返しPowerbookが灰まみれになる。掃除機で吸う。
 きっと書かなければならないことは山ほどある。

23:53 02/2/19 中国時間

 2月18日(火)

 気付けば18日。もうすぐ2月22日になってしまう。リニューアルだ。22日になった途端ではなく、22日分の更新からリニューアルするということでご理解いただきたい。
 そのための準備は思えばちっとも進んでいない。
 今日は小説の推敲も、リニューアル準備もせずに、残業終了後、飯を食い、久しぶりのマッサージへ。それで一日が終わる。
 吉行淳之介『童謡』読了。

0:48 02/2/19 中国時間

 2月17日(月)

 まず、昨晩のうちに一度『動けない朝』という処女短編小説を書き上げたものの、おそらく小説というものはここから何度かの推敲を行わねばならぬのだろうと思われ、台本と違って、稽古をしながら直していくとか、稽古中に気付くことがあったりするということがないので、推敲の重要性もよくわかる。
 これからだ。まず、一度とりあえずは書き上げたものの、時間の許す限り、推敲していくのが小説という媒体。
 これはいい勉強だった。
 今日はとにかく昼間の仕事も次々と片づけていって、気持ちいいくらいに事が運ぶ。片付けるのは気持ちがいい。
 で、新しい遊びを覚えてしまった。IRCチャットというそれは、未だにどう扱っていいのかわからないが、とりあえずシンガポール人と英語でチャットをした。彼は日本語を勉強したいらしいのだが、向こうにはこちらの日本語は映らないという。文字化けしてしまうのだろう。とにかくホームページ上にあるチャットとは違い、もの凄く快適なスピードで会話がおこなえるので、とても気持ちがいい。

0:03 02/2/18 中国時間

 2月16日(日)

 今日は一日というよりは、あれか、今日も一日といった方が正確かもしれないが、駄目だった。ネット上をあちこち徘徊し、演劇のこと、くだらない掲示板、懐かしい世界の人びと、不動産情報、などあてどもなく廻り疲れた。精神疲労だ。こんなに精神疲労するものかと思った。
 小説の方は一向に進まないまま、戯曲『次の出発』の構想1が思いつく。構想1とするのは、まだまだ時間があるからで、その間に構想2、構想3と変化していくことを見越してのこと。
 今日の収穫はそれから、MACの環境設定で、キータッチが快適なスピードになったこと。思考のスピードにキータッチがついていかなかったが、設定を変更したらやたらと速くなった。今書いている小説などはまさに意識の流れを追うようなものなので、そのスピード感がなくなってしまっては、命取りになる。これで随分快適になるだろう。
 それにしてもだ。
 時間の経つのは早い。二月などあっという間に終わってしまう。ここは中国式にならって、今月二月から二〇〇三年は始まったことにしよう。中国にいる間は旧暦で考える。だから、今月から月に短編小説一本。ものすごい誤魔化し。狡。だけどいいんだ。何と言われようとそう決めたのだ。量産する必要があると確かに昨日書いたが、人間には限界がある。
 中篇「映画を撮る人達の話(仮)」も書き始める必要がある。よし、決めた。そう決めたら、随分気が楽になった。

23:58 02/2/16 中国時間

 2月15日(土)

 食べては寝てはの繰り返し。まだイライラが残っていたが、食べては寝ての繰り返しでは、いつまで経っても解消されないのだということを悟り、夕方、仕事を一つずつ片づけていくことを決意。
 そんなとき、思い切って寝間着スタイルから、外出着に着替えると不思議とやる気になる。いや、不思議でも何でもない。最初からそうすればよかった。
 中上健次『蛇淫』を読み、吉行淳之介『寝台の舟』『鳥獣虫魚』『青い花』『海沿いの土地で』を読了。このくらいのサイズの短編を書くべきなのだと改めて確認。それにしても、どれも性と死を中心、あるいは周縁においた作品ばかり。書かれるべき対象はどうあれ、書き方というか、姿勢には非常に両氏共に感銘を受けるものがあるし、そうか、こういう書き方があるかとやはり勉強になることも数多い。
 で、自作『動けない朝』を書き進める。まだ原稿用紙換算10枚程度。これは20枚くらいが限界だな。
 量産することに意味があるとは思えないというか、むしろ否定的だが、量産しなければならない時期というのもきっとある。何しろ今は小説に対してはとっかかりだ。練習あるのみ。書いてみて、書き上げてみて初めてわかることはたくさんある。

10:14 02/2/16 中国時間

 2月14日(金)

 しかし、まあ、今日は中国人社員達にほとほと頭に来た。それはその後の見学者の仕事、つまり帰宅後にも影響を及ぼし、すべての仕事が止まってしまうほど。
 教訓1、同じことを何度言っても覚えない。
 教訓2、そのくせ給料が安いとか言う。あらゆる面で会社に金を出せと言ってくる。
 教訓3、馬鹿は即刻クビにすべし。
 とにかく頭に来て仕方ない。考えてみれば、あらゆる仕事が停滞している。まずいぞ。まずいことになっている。だからこそ余計に腹が立つ。
 別役実『舞台を遊ぶ』読了。

18:27 02/2/15 中国時間

 2月13日(木)

 結局、昨日はって、12日はなかなか寝付けず、部屋の掃除を徹底的にし、吉行淳之介氏の短編を一つ読んで、朝5時半に就寝。
 で、また仕事。
 社員の、中国人教育にほとほと疲れる。声を荒げる。何度同じことを言っても駄目だ。
 仕事から帰って、夜9時には就寝。

7:10 02/2/15 中国時間

 2月12日(水)

 しかし、今週はほとほと疲れる毎日。残業で中国語教室には行けず。
 あんまり疲れたので、飯を食って帰ってからは、9時頃には死んだように眠ってしまった。そして、深夜2時。こんな時間に目が覚める。眠ろうと思うが眠れない。きっと仕事もこともさることながら、小説のことや、ホームページリニューアルのことなど気にかかっていることがあまりにたくさんあり、神経が過敏になっている。
 こういうときは、もう何か仕事を片づけるしかない。気に掛けていることのうち、どれかひとつでも手を付け、見通しを付けることで安心できる。
 うーん、まずは小説だな。短編小説から。ある程度、時間を決め、この時間までにという制約の中で書くことが大事だ。何しろ締め切りがあってないようなもの。自分で決める締め切りほど辛いものはない。

2:38 02/2/13 中国時間

 2月11日(火)

 メジャーバージョンアップをするにあたっての準備は一向に進まない。メジャーバージョンアップというからには、TOPページだけでは駄目だろう。きっと中身の大枠レイアウトもすべて変更する必要があるのではないか。そうなると、非常に厄介だ。今週末が勝負だが、今週末は小説も書かねばならない。2月22日でこのホームページも丸四年が経とうとしている。いや、振り返るにはまだ早いな。やれることから少しずつ、毎日のようにコツコツやっていかなければ日数も足りなくなる。
 もっと見やすく、見学と演劇ジャンルを大きく分類し、見学すること、そのものへの追求も深めていかなければと考えている。そういえば、エッセイだって、「存在は表現になるか」シリーズだって、ちっとも更新していない。それに第四会議室の定例会議はどうなったのか。参加者がいないので、参加したいからやって欲しいと言われるまでなしだ。
 それにしても、今日も忙しかった。いつもとは違う忙しさ。急き立てられるのはもううんざりだ。何事も落ち着いて仕事がしたい。

23:25 02/2/11 中国時間