12月 31日(火)

■今は紅白歌合戦を観るために、わざわざ銀帆賓館というホテルに宿泊し、ちょうど見終わったところ。
 テレビでは『ゆく年くる年』をやっており、除夜の鐘を耳にしている、中国の年越しは一時間後。もう一度年越しを1時間後に味わうこととなる。そうか、次は平成15年か。
■さて、その前に見学者としてこの一年を振り返るならば、まさに貯蓄の一年だった。それは中国という異文化と出会い、それにあるときは刺激を受け、あるときは振り回された。
■それらの体験を元に来年はまず短編小説を書き始めることにした。それを見学の門で発表していこう。目標は一月に一本。
 それとはまた別に中編小説もまた書く。以前からここにも書き続けているまだタイトルも決まっていない小説。

■民俗・宗教の違いによる「心の戦争」の時代だと五木寛之氏がテレビで言っている。また、アメリカの一国主義的な姿勢についても、もう少し「寛容」になって異文化を受け入れるところは受け入れたほうがいいのではないかとも提案している。
 まさに未知のものを引き受けていくのは非常にしんどい作業だが、それを越えて大きく広くなるものが間違いなくあるはずなのだ。そのためにも、今こうしてアジアの別の国である中国にいるわけだし、小説も演劇も見学もそのためにある。
 わたしはそもそも日本が好きだし、それのあるアジアが好きだ。これから20年はアジアにのめり込んでいく。それから20年がヨーロッパ、あるいはアフリカ。アメリカには今のところ行きたいとも思わない。
■さて、この「中国大連見学生活」と名付けられた日記は2003年2月21日まで。その後はまた次の展開に入る。中国の中にもう一歩踏み込んでいかなければならなくなるだろう。

23:51 02/12/31 中国時間

 12月 30日(月)

 熱は引き、体のだるさもなくなった。咳と鼻づまりだけ。
 それで年内最後の中国語教室授業。

 家に帰って、ようやっとNHKが映るようになったと喜んでいたが、どうやらこれはNHKワールドのほうであって、NHKワールドプレミアムのほうではないらしい。これでは明日紅白も爆笑オンエアバトルも見られない。
 で、明日は猫だけ置いて、夕方から近所の日本人がたくさん泊まるホテルに一泊しに行くことに決めた。そこでは他にもいろんな番組がやっているし。
 というわけで、これが年内最後の更新。今年一年についての振り返りは明日の日記にて。

8:49 02/12/31 中国時間

 12月 29日(日)

 日曜日だが、振替出勤。しかし、風邪はいよいよひどくなる。
 何dなかわから内アメリカ製の風邪薬を飲んだら、意識がひどい昏睡状態のようになった。喋りながら自分が何を喋っているのかわからない。もちろん、普通の風邪薬ですよ。やや熱も出てきていたため、そういう症状が出てきたってことで。
 暖かい格好をして、汗をかきながら寝る。
 金縛りのようになって目が覚める。
 風呂に入る。
 電話がまた使えなくなっている。金を払いに行かなければならない。
 NHKが映らない。
 昨晩から、短編のアイデアがいくつか浮かび始めていて、それをメモ。

23:04 02/12/29 中国時間

 12月 28日(土)

 だらだらした生活をしてしまった。遅れたがクリスマス(25日)と妻の誕生日(26日)と結婚記念日(27日)のためのケーキを購入するために、外に出る。
 最初は意外と寒くないと思っていたが、寒い。顔が凍る。耳が痛い。歩いていたら寒さを通り越して痛かった。
 それから買い物。ケーキを買って帰る。
 咽が痛い。昨日から思っていたが、完全にこれは風邪だな。今日ので駄目押しになった。
 中国では大晦日と元旦のみ休日のため、大連で年越し。

 それにしても、いつもそうだが、やる気になるのが大体深夜になってから。明日の仕事のことを考えると結局何もできずに終わってしまう。しかし、今日は違うぞ。何かやらねば。

23:28 02/12/28 中国時間

 12月 27日(金)

 仕事が忙しかったりしたが、遅くなりつつも中国語教室へ。
 先生の携帯電話を教わり、次回から行けなくなったら直接携帯にかけるように言われる。
   その後、ホテルの日本料理屋で食事。デカイ大阪弁でなんだかずっと喋っている茶髪の男。二人組できていているにも関わらず、ずっと携帯で話している。興味はなかったが、嫌でも聞こえてくる声の大きさなので、つい耳がそちらにいってしまう。その男の話から抜粋。
 「あのさ、こいつ金いっぱい持ってんやんかー」
 「カラオケ行こうとか誘われてるんやけど、ホンマ行きたくないねん」
 「お前、ちゃんとこいつに説明しろや」
 などの話から、二人組の相手は中国人だとわかった。中国語のできない茶髪の大阪男と何だかわからない中国人。可哀想なんだか、可哀想じゃないんだか、わからなかった。
 夜は週に一度のマッサージ。風邪を引きそう。

22:55 02/12/28 中国時間

 12月 26日(木)

 今日もまた中国人達によるパーティに誘われる。
 今日は郵便関連のもので、日本人も数多く参加するということだったし、それほど悪いホテルではない場所でのパーティだったので、行くことにしたが、敢えて1時間くらい遅れていった。
 結局、日本人など一人もおらず、中国人だけの50人規模の小さなパーティ。日本人はわたしたちの会社から3名だけ。遅れていったのが功を奏して、1時間ほどの食事で無事帰宅できた。
 何とも疲れる年末だ。
 しかし、あまり年の瀬と感じないのは、日本のテレビCMなどがなく、マスコミによるムード作りに飲まれていないためかもしれない。

23:59 02/12/26 中国時間

 12月 25日(水)

 昨日はそういうわけで、非常に腹が立ったわけだが、そもそも派手な場所が嫌いなわたしだ、二度とそういう席には行くまいと決めた。誘いに乗るのも悪い。誘いは断るものだ。
 というわけで、今日は今日であるホテルの中国人から夕食のパーティに誘われていたが、行かなかった。もちろん、それはあくまでもホテルとしての誘いだし、いつでも帰ろうと思えば帰れるものだったが、いかんせん残業もあったし、疲れていた。
 『傾いた世界』(新潮文庫/筒井康隆・著)を読了。笑った。ブラックで滅茶苦茶な世界がどれほど人間の心を救うことか。
 小説を書かなければならないと思った。書く、きっと書く。どちらかというと怒りがエネルギーに代わるわたしだ。
 もっと怒る。

23:23 02/12/25 中国時間

 12月 24日(火)

 とにかく腹の立つ一日で、あまりに腹が立ったため、すぐに寝てしまい、更新できなかった。
 何があったか書こうとすれば、必然的に思い出さねばならず、思い出すだに腹も立つので嫌だ。そう思ったが、それほどでもないことなのかもしれないと、日が変わった今日は思う。
 このアパートの大家と言われる人は、もちろん中国人。40代の男。名を"胡"と云う。なまじっか金は持っているのだろう、このアパートだけでなく各地に建物などは持っているらしく、この場所には妻と子供?を残して、本人はあまり住んでいない模様。
 そんな彼が彼の友達が副支配人を勤めるホテルで、遊ばないかと誘われた。
 嫌な予感はしていたが、サシで話し合う分にはいいだろうと思っていたのが甘かった。向こうは中国人8人。そのなかに外国人であるわたしが一人おり、夕食。
 何かあるたびに乾杯で、中国の乾杯は「干杯」であり、つまり文字通り飲み干さなければならないと、いや、飲み干さなければ失礼に当たるのだと云われ、嫌々飲む。
 それで眠くなったし、感情の起伏が激しくなったのは、酔ったせいもあるのかもしれない。
 とにかくこんな場所にいるのが馬鹿馬鹿しくなった、この大家の友人であると紹介されたが、どうして友人であるはずがあるだろうか、お前に日本人の、外国人の、友人がいるということを別の中国人に対して伝えるため、力を誇示するためだけのものではないのか、そうであったとしても、一度は顔を立ててやろうと我慢はしたし、そうでなかったとしても外国人に対する配慮というものがまったくもって足りない。
 とにかく帰ろうとするわたしを何度となく引き留め、もうすぐ終わるからもうすぐ終わるからと3時間も引き延ばされた挙げ句、終わらないので、俺も最後は腹が立って日本語で「ホント勘弁してくれ」とか「お前、さっきからそればっかりじゃないか」とかいろいろ言って帰った。 『ビタミンF』というドラマを最近は楽しみにしていて、今日は大杉漣氏が主演だったのにもかかわらず、つまらんことのせいで見られなかった。
 その後の関係もあるから、事を荒立てるつもりはなかったが、明日にでも家を出てもいいと思うくらい苦痛だったのは間違いない。

23:08 02/12/25 中国時間

 12月 23日(月)

 それにしても街はクリスマスムード一色。大連でもイルミネーションなどの飾り付けはたいそうなもので、どこもかしこも賑やかしに精を出している。
 そんななか降り積もる雪。
 ロマンティックな雰囲気を醸し出すわけでもなく、ただ交通渋滞を招くだけの雪。ただでさえ事故の多い町であるのに、一層のこと危険になっている。
 仕事が終わって、中国語教室。
 疲れた。今日は何だか疲れた。しかし、来週の休みに小説を書き始めるためにも、今のうちに本を読み、情報というか、知恵というか、方法というか、たくさんのものを蓄えなければ。そのための読書は非常に楽しい。

23:15 02/12/23 中国時間

 12月 22日(日)

 家にいたら爆竹が遠くで鳴っている。
 結婚式が始まった。急がなければと、急ぐ。今日は中国人社員の結婚式。結婚式の前にしっかり飯を食ったりしたりして、時間ギリギリになってしまったのだった。
 とりあえず、新郎新婦登場には間に合い、人生二度目の中国人結婚式に参加。なかなかどうしていい結婚式だった。
 昨日余計駄目になった身体をもう一度別のマッサージでほぐす。今日は丁寧だった。
 そして、また昨日の社内報の仕事の続き。ようやっと仕上げたところ。
 さて、ようやく小説に取りかかるかと時計を見ると、深夜を回っている。
 今日が土曜日だったらよかったのに。
 いつも思う日曜日の深夜。
 年末は大晦日と元旦のみが休み。そう決めたのは何を隠そうわたし自身だが、その分、旧正月にあたる春節が長期休暇になるのだから仕方がない。何だかんだと帰国のある長期休暇は何もできないものだ。
 さてと、ノートを取ろう。どこからどう書いていくか整理する。早く書き始めたい。書き始めて充実した日々を送りたい。しかし、チョット待てよ、戯曲を書き出す前というのは、非常に楽しい時間だった。あれもやりたい、これもやりたいと頭の中でイメージがどんどん広がっていくし、その実現のためにどうすればいいかと考えるだけでワクワクした。
 しかし、小説となるとまた違う。書いたところでひとまず落ち着いてしまうだろう。文字が記入されたところで工程としては完成している。書きながら考え、また書き直すという作業も行う必要があるだろう。
 

0:30 02/12/23 中国時間

 12月 21日(土)

 小説を書く前に、会社の仕事が残っていた。社内報を作る仕事。イラストレーターで作成しているが、データが重くなっているためか、よく落ちる。落ちるたびに泣きそうになりながら、さっきどう書いたかなと思い出し思い出し、何だかさっきとは別の文章になったりしながらも、とりあえず目処を付ける。
 折角の表現への意欲が高まったところなだけに、こうした時間は非常にもったいないのだが、これも仕事。納期がある。納期を守ることを知ることもまた勉強。
 夜、肩が凝ったので、いつものマッサージへ。
 それが寝ていたからといって、2時間のところを1時間半で誤魔化されたり、明らかに力というか、手を抜いたものだったため、余計駄目になった。
 諦めて就寝。

0:16 02/12/23 中国時間