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村上春樹

『アフターダーク』読了/帰国

●帰国。まあ、この帰路も順調には行かなかった。中国南方航空。何だか空港からの書類(フライトドキュメント)待ちということらしく、時刻通りに乗り込んでから出発まで1時間半ほど待たされる。なかではイライラする人もいたが、わたしはただひたすら『アフターダーク』(講談社文庫)を読んでいた。そして、定番のように離陸時と着陸時30分はなぜかすとんと眠りに落ちてしまう。着陸時はいつも着陸の衝撃で目が覚める。
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●で、電車で地道に戻る。赤羽乗り換えで時間があることがわかっていたので、その前に京成線内で『アフターダーク』を読了。構造は『海辺のカフカ』同様、パラレルに進む。もっとえぐり込んでくるようなところまで行くかと思ったが、わりとあっさりだった。それは『ねじまき鳥』や『カフカ』に比べれば、長さ的にもそうなんだけど。
 ただ、たった一晩の話としてそれが描かれているということと、描写が直接的に映像的であることは、新しい感覚だった。
●読み終えてしまったので、赤羽駅の書店で『スプートニクの恋人』(講談社文庫)を購入。

『海辺のカフカ(下)』読了

●朝10時頃目が覚める。いや、正確には7時頃、かなりいろんな夢を見て目が覚めた。勿体ないと思ってもう一度寝る。おかげでしっかり眠れた。
●そもそも昨日は、冒険心が出てしまってスターバックスを出たあと、今まで歩いたことのない道を歩いた。足が棒になるまで歩くといつのまにか会社の近くに来ていた。まあ、そっち方面(東の方向)に歩いていたのは認識していたが、突然現れた知った道に少々驚き、そこからは結局バスで帰る。
●で、今日の話だが、本と財布と鍵とiPhoneをポケットに突っ込み、昨日の鞄を受け取りに行く。まあまあの出来映え。いろいろ言っていたのだが、結局20元(300円)払って納得してもらった。鞄に本と鍵を詰め替えて、途中飲み物を買い、新たに開店していた小さな日本料理店でメンチカツ定食を食べ、その足でまた何も考えずに歩く。
 そして、到達した海辺である。
海辺のカフカ下巻と海
●ここでしばらく蟹を捕ったりしている人たちを眺めていた。そして、おもむろにここだと思って『海辺のカフカ』下巻を読み始める。1時間ほど集中して読んでいた。そして読み終える。後半は一気に読み進められた。だいぶ深いところまで潜りこんだ。ユング的な集合的無意識の世界というか、共通してそういう雰囲気が感じられ、そこに一緒に潜りこんでいく感じは心理的な深い経験を共有するような心地よい疲労感がある。
 気付いたら、すっかり腕が日焼けしていた。
 さらに今晩からは『アフターダーク』を読み始めよう。
●そして、今はまたスターバックスにいる。ここで更新。夕飯もここで軽食で済ませる。妻ともここでメールのやりとり。あとはマッサージにでも行き、早めに寝るとしよう。

『海辺のカフカ』上巻、読了。

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●『海辺のカフカ(上)』(新潮文庫)読了。昨日の晩から一気に話が繋がって、ラスト10ページというところで急に意識がなくなり(小説の登場人物たちと同様にこの本を読んでいるとふいに意識を失う)眠ってしまったわけだが、朝、少しだけ早めに起きて、上巻だけでも読み終えてしまおうと思った。というのも残り10ページのために分厚い一冊を持ち運ぶことを考えたら、かなり面倒になったからだ。読み終えてしまえば下巻だけ持っていけばいい。あともう一冊『アフターダーク』(講談社文庫)も持ってきている。順番的には『ねじまき鳥クロニクル』→『スプートニクの恋人』→『海辺のカフカ』→『アフターダーク』→さらに最新の『1Q84』なわけだが、『ねじまき鳥クロニクル』(新潮文庫)と来て、講談社文庫シリーズに行き、『スプートニクの恋人』を飛ばして、『アフターダーク』買ってしまったのだった。まあ、それはそれでいいとしよう。
 いずれにしても、村上春樹の小説をまとめて読み始めているのは、その構造の特有性、暗喩の多さなど、戯曲を書く際にも影響を受けているいくつかの特徴があるからだし、さらに表現上では暴力性や過激さが増している。そのうえ、かなり突拍子のない展開が突如として現れても、決して不自然に感じさせない前後の注意深い描写も見逃せない。
●電車・飛行機の移動中、『海辺のカフカ』下巻を読んでは眠り、読んで意識を失うようにしてはまた眠りの繰り返し。
●7月。梅雨や光化学スモッグで悩まされる日本を離れ、また大連に来る。日本に比べ、大連の湿度の低さはは前からそうで過ごしやすさに繋がっていたが、わたしが住む一階北側の部屋は例外であった。去年のこの7月にひどく体調を崩したのも、カビなどのせいではないかと思われる。入っただけで黴臭い匂い。しかも、今晩は大雨。
●また、ネット環境も一年の契約が切れなくなったので、改めて個人での契約を行うことしなければならない。今日の所はADSLモデムやらもまだ自宅にあって、いろいろやったら繋がったので何とか使えているが、これは契約が切れてもここにあることは問題らしく一日10元(140円)延滞料が徴収されるという。なんということだろう。
 ちなみに会社契約と個人契約では3倍くらい料金が違う。やはりどんなに遅くても、youtubeにアクセスできなくても、ネットに接続できたほうがいい。というわけで、明日からはホテル暮らしにするしかないか、検討中。

敢えての読みにくさ

●読書サイクルは実は続いていて、というより『ねじまき鳥』以降の村上春樹ブームがわたしのなかであって、それは作者自身が、阪神大震災・オウム以降に作風が替わっているという話をどこかで読んだからだが、たしかに『ねじまき鳥クロニクル』第一章後半からの暴力的表現のたたみかけは、凄まじいものがある。
●で、今は『海辺のカフカ』上巻を読んでいるわけだが、これがまだ入り込めないでいる。特に読み始めということもあるからだろうが、文体そのものは平易なのに、構造そのものが特になかなか受け付けてくれないようになっている。毎晩、眠る前に少しずつ読んでいるのだが、おかげですぐに眠りにつける。おそらく繋がりが見えてくると一気に読み進めてしまうのだろうけれど。

『神の子どもたちはみな踊る』読了

●無事帰国。
移動中に予備で持っていった村上春樹氏の短編集『神の子どもたちはみな踊る』(「地震のあとで」改題)を読了。
●1995年1月13日の阪神大震災をテーマに書かれていることは有名だが、同年3月20日の地下鉄サリン事件についてはノンフィクションで『アンダーグラウンド』(現在・未読)があり、また、たまたま今日フジテレビでは「松本サリン事件15年後の真実」として、当時を振り返る河野氏や家族のすがたに考えさせられるものがあった。
●いずれにせよ、1995年の冒頭はわたしにとっても浪人生活を終えるその時期、4月からは大学だというそういう時期だったために、大きなターニングポイントとしてずっと考え続けてきているテーマではある。
 97年5月の神戸連続児童殺傷(酒鬼薔薇)事件、98年7月の和歌山毒物カレー(林真須美)事件、さらに世界的には2001年の9.11や2003年の春のSARSなどいくつかの事件やテロ・自然現象も含め、「視点をずらされる」事象というものがいくつも存在し、しかし、それらとは別にまた距離のあるところで普通の生活が営まれてもいる。
●この「私的現実」との距離感、あるいは「完全なるフィクション」とこうした事象との距離感を並列に並べることによってまた見えてくるものがあるのだと、『神の子どもたちはみな踊る』を読みながら考えていたのだった。

『ねじまき鳥クロニクル』読了

●『ねじまき鳥クロニクル 第3部鳥刺し男編』を読了。ということで、『ねじまき鳥クロニクル』を読了。久しぶりに何というか、長期間集中して本の世界に没入できた。まさしく没入したという感じだった。
●昼間、本とMacとiPhoneをカバンに突っ込んで、街を歩いたが、どうにも気になって仕方がなく、思い起こせば昨日の夜も湿ったベッドの中で先を読みたいという思いの中、いつのまにかそのまま眠りこけていた。とりあえず、マイカルの中の静かなUCC珈琲に入ってそこでじっくり本を読む。幸福な時間である。
●妻は妻で今日幸福な時間を日本のまた別の場所で過ごしたようだ。羨ましい。
●夜は腰の限界を感じて、按摩へ。
●少しずつ本を書く体制が少しずつできてきたように感じる。

再構築の必要性

●どうにも気分が乗らない。データベースのことでもどうしても煮詰まってしまう箇所があり、また、いくつも問題というか、「ここもやる必要がある」「ここはこうすべきだ」「今まで何でこうだったんだ」と考えることが次々と出てくるのだが、それが繋がって転がっていかない。浮かんでは消え、浮かんでは消えての繰り返し。
●そんななか『ねじまき鳥クロニクル』もいよいよ大詰めに入ってきた。「第3部 鳥刺し男編」になってからかなり書くことそのものの手法に新たな試みが感じられ、読みにくくはなるが、構造的にはより重層的に深みが出てきて面白くなる。また満州のことや当時の戦争のことが中心として書かれている部分も多く、この大連でそうした描写を読むというのもなかなかどうして得難い経験ではある。いずれにせよ、わたしの頭の中そのものもだいぶ渾沌として起きており、これを「シナモン(後半の登場人物)」のように整理し、自分で改めて再構築していく作業が必要である。

深く潜る

●ねじまき鳥が面白くなってペースが上がっている。テレビを観なくても、読書ができればいい感覚に戻ってきた。非常にいい傾向である。体調というかバイオリズム的にもいい調子。
●そうか、文学的にはすでにこういう構造の書き方などは当たり前にあるんだなあと思うようなこともたくさんあり、そうかそうかと今さらながら気付くことがあると同時に、だとすればもっと別の方法をと考えていくことがまた面白くなる。
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戻ってくる

●義理の妹夫妻に空港まで送ってもらい福岡空港へ。短い滞在だったのでここで博多ラーメンを食す。
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●移動中に『ねじまき鳥クロニクル第一部 泥棒かささぎ編』読了。ちょうど飛行機の中で読み終える。この本は第三部まであるわけだけれど、わたしにしては珍しく第一部しか買っていない。
 そこで浜松町にあるモノレールから降りたら必ず寄るDANという本屋で、「第二部 予言する鳥編」を購入。また移動中に読む。熊谷に戻ってきた。
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●ロムもハム(猫)も、ササキもトモエダ(亀)も無事だった。
●帰ってから、映画でも見ようかと去年上映されていた岩松了脚本・監督の『たみおのしあわせ』を観る。

新たな言葉の冒険はどこにある

●ネットの仕事をしていく上で、大連にいるともちろん極めて回線速度が遅いわけだが、以前駐在の頃に比べるとだいぶ良くなったのだと思う。昔は本当にダイヤルアップ接続なみだったからなあ。それがISDN+αくらいにはなったんじゃなかろうか。とはいえ、まだまだ遅い。というわけで、ブラウザくらいは少しでも速くしたいとFirefoxをリセットしてみる。少しは快適になったのかどうかわからないくらい。
 Wordpress中国語化作戦はとりあえず順調に進みそう。仕事上はあまりいい話を聞かなかったが、ようやく少しずつ希望の光も見えてきた。
●夜、日本食を食してから、帰宅後、TBSのあの高校野球ドラマを1クール分見終える。同時に韓国ドラマ(秋)も見ているが、こちらは非常に長いので少しずつで4話まで進んだところで止まっている。いずれにせよ、極めてわかりやすくドラマチックなドラマが期待されているのは、それはここ数年来の良くも悪くもモヤモヤしたどうにもならない気分を浄化したいからだろう。
●一方で、まったく謎に包まれたまま間もなく発売される村上春樹氏の話題の新作『1Q84』があるなか、わたしはまだ『ねじまき鳥クロニクル 第一部』を読んでいる。こうしたものに関しては、わたしにとっては予備知識を最初から持とうと検索などせず、直接文献にあたることしているから、どんな作品もスタートは謎のままなんだけど。ただ文学が、こうしたある種の話題性を持ってこうしてニュースになることは、やはり改めて考えさせられることがある。やはり謎は謎で面白い。
●新たな言葉の冒険にも個人的には突入したい。
 しかし、そんなものはどこにあるのか。いずれにせよ、どんなものだかわからなくても、まずはわたしのスタート地点としての「言葉」とも向き合っていかなければならない。
●日本に帰ったら帰ったで、個人的には忙しくなりそう。

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■倉光仁美・妻
 見学者の演出担当であり、妻でもある。
■むすこ
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■ロム
 大連駐在時に日本料理屋でもらった猫
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 ロムとその日本料理屋で飼われていたアサヒ(オス・現在北海道にいると思われる)との間に生まれた娘猫。

■歩く会
 都内を中心に歩く会。

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