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村上春樹
映画『ノルウェイの森』を観る
●朝から昨日に引き続き、年内にやっておきたいことシリーズをいくつか。
●たとえばクリーニングに出したスーツやらを取りに行くとか、昨日買っておいた組み立て式のふた付きボックス(下駄箱の代わり)を9ボックス、1つ当たり最初は30分くらいの時間をかけていたものを次第に15分くらいにできるようになってきつつも、安物の組み立て家具によくありがちな部品の不安定な位置精度による組立時の問題などに苦しめられつつもなんとかトータル4時間くらい休憩を挟みながら、何とか終えたりして。
●で、公開当時から早く観に行きたかった『ノルウェイの森』だ。
●なんというか、原作を読んだ後に、筋を追いながらみると、省略ばかりが気になるだろう。だから、まったく別の作品としてみたほうがいいと途中で思った。好きなシーンの好きなせりふがなかったりした時点で。
ただ、あの原作を読み終えたときのある種の大きなポッカリと穴が空いたような喪失感は、映像としてまた異なる手法で描かれ、押し迫るものが大きかった。
●今年最後のM-1もほぼリアルタイムに観て、一年のおわりを改めて感じる。
『考える人』2010年夏号
- 2010-08-30 (月)
- 雑記
●月曜日から、結構グッタリさせられたのだった。妻の腰の状態が良くないということで、帰りにいつもの整体に降ろして、わたしは本屋へ。
●『考える人』夏号の目次を知ってこれは読んでおきたいと思ったのだった。三日間にわたる村上春樹へのロングインタビューだった。
特集
村上春樹ロングインタビュー
[1日目]
一人称から三人称へ
『ノルウェイの森』のこと
僕と鼠の物語の終わり
歴史少年だったころ
物語の間口と奥行き
プリンストンヘ
「第三の新人」講義
『アンダーグラウンド』と『サハリン島』
『アフターダーク』と『1Q84』
『1Q84』はいかに生まれたか
クローズド・サーキット
手を握りあう
物語を掘りだす
文体が支える
B00K3
女性たちとセックス
「1Q84」という世界
パラフレーズすること
[2日目]
プリミティブな愛の力
『静かなドン』から始まった
話し言葉と語りのカ
メタファーの活用と描写
B00K4の可能性
近過去の物語
十歳という年齢と偶然を待つこと
父的なものとの闘い
漱石のおもしろさ
芦屋から東京へ
心理描写なしの小説
自由であること、個であること
時間が検証する
十歳で読書少年に
芦屋のころ
一九世紀的な小説像
自我をすっぽかす小説
長距離ランナー
[3日目]
リスペクトの感情
古典の訳し直し
サリンジャー、カポーティをめぐって
カーヴァーの新しい境地
二〇世紀の小説家の落とし穴
アメリカの出版界
オーサー・ツアー
全米ベストセラーリスト
エルサレム賞のこと
短篇小説と雑誌の関係
今後のこと
●というわけで、目次の引用だけで行数を稼ごうというわけではないのだけれど、結果的にそうなってしまったのだった。発売からすでに結構な時間も経っている。
●少しでも執筆への姿勢を学びたい。
帰国準備/『ノルウェーの森』読了
●あっという間だった一週間。想像以上に今月の来連時の躓きは心理的負担になっていたようだ。
●今日もいい青空。この調子なら、きっと、明日も大丈夫だろう。北京側が大丈夫ならば…。というのも明日も中国国際航空(CA)。北京から大連に到着してくれないことには成田に向けて出発できないのだ。
●と、ここまでは会社で。
●帰ってからは洗濯物など全てまとめて帰国の準備。夜は簡素な韓国料理。さて、帰国だ。
●今はもう夜中の1時過ぎ。何気なく読み始めた『ノルウェーの森』を一気に読み終えた。そうなんだ、このぽかんと無気力にさせられる感じ、ただ頭の中はグルグルと激しく何かが駆け巡る感じ。強くいきていかなければ。
車掌/『1Q84 BOOK3』読了
- 2010-04-28 (水)
- 読書
●CZ(中国南方航空)の朝はやや早い。朝七時を過ぎて家を出てタクシーで空港へ向かう。かなりのスピードで飛ばしてくれたが、手続きやその他煙草の購入などをしているうちにあっという間に搭乗時間になった。
目を惹いた特別なことと言えば小学一年生と思しき中国のこどもが、ひとりで搭乗していたことだ。もちろん、キャビンアテンダントに付き添われていた。彼はその後、わたしと同じあれに乗っていた。あの、なんだ…、NEXじゃなくて、スカイライナー。その時には母親も一緒で、通路を挟んでとなりの席に座っていた。
子どもは始終、中国語で話をしていた。そりゃ、ひとりだったからな。不安というか、寂しさもあるだろう。母親もそれをずっと聞いていた。で、車掌が来たのだった。スカイライナーの特別急行券を持っていないらしい。母親はほとんど日本語が話せない様子。そういう演技だったのかもしれないが…。母親は「え?日暮里に止まらないの」と話をすり替えていたし。ただ、その車掌さんはそれで「本当は駄目なんですよ…」と行ってしまった。
その後は、湘南新宿ラインで熊谷まで移動。その時の、車掌のアナウンスが気に入らなかった。14:30上野発の高崎線だ。
「次は…、え…、浦和、え…?浦和です」。
最初は本当にわからないのかと思った。次第にそれはエスカレートしていく。聞いていてその自己顕示欲にイライラが募る。行田あたりで録音してやろうと思ったが、録音しようと思ったら普通に戻りやがった。
●そんなわけで、今日は移動日。
飛行機の中、電車の中と全ての移動中で『1Q84 BOOK3』を読み続ける。最後の方はもう今までの村上作品とは異なる感動があった。ただ、そんなやかましい電車の中で最後を読み切るのは勿体ないと感じたので、最後の章だけ残しておく。家で荷物の整理をして、会社へ。
●夜、最終章をゆっくり味わうように読んで読了。
準備と拡大
- 2010-04-17 (土)
- 雑記
●ついに待望の『1Q84 BOOK 3』を購入。
ページをめくって、早速びっくりさせられた。これはじっくり楽しめそう。
●五社目の見積がようやく出て、少しだけ前進した気配はある。
●その後、AirMacExpressを購入し、会社に行って無線LANエリアの拡大。いろいろとやらなければならない雑務もある。
●そして、帰って、渡航の準備。
『ノルウェーの森(上)』読了
- 2010-03-27 (土)
- 読書
●改めて書くが、『ノルウェーの森』を再読中である。僅かずつ読み進め、上巻を本日読み終えた。
以前は感傷的に読んだが、今は構造を確かめながら読んでいる。リアリズムとは言え、やはり他の作品と同じように、現実社会とは離れた場所の存在があり、そこに主人公が入り込んでいくことで、巻き込まれていくという基本構造そのものは変わらない。
ただ、そのなかでどういう展開を迎えるのかすっかり忘れているのだ。そういう意味でも下巻がまだまだ楽しめる。
●今日は布団を干して、E社とのリフォームの打合せ。これで全部で五社と打ち合わせしたが、それぞれ言うことが異なっている部分があるのが気になる。
まあ、ある程度までは方向性も絞り込めたし、話していくことで新たな方向性が見えてくることもある。ゴールデンウィークに向けた引越を考えたが、それも難しくなってきた。
備えて
●このBlogの左下では、いつのまにか『1Q84 BOOK3』に向けたカウントダウンがはじまっている。発売後はなにかこのブログパーツも驚きの展開を見せるらしいが…。
●それはそれとして、実は『ノルウェーの森』(上)を再読している。文字が大きくなり読みやすくなった講談社文庫版。繰り返すが、浪人時代に一気に徹夜で読み通して以来のことだ。繰り返し書いているのはそれくらいその時代のわたしにとっては衝撃的だったということ。
唯一の長編リアリズムということだが、あまりそういうことは気にせずとも、ある地点を通り越えると一気に引き込まれる。上巻しか持ってこなかったことを今さら後悔しているが、まあ、すぐに帰国だ。金曜日に空港で買えばいい。
そして、この作品は2010年12月には映画も公開されるわけだが、改めてこの時期に読んでおくのも悪くはない。
●さて、わたしはといえば、今は毎晩、『ライアーゲームSeason2』を観ている。こちらは気晴らし。
●21世紀型オルタナティブ・アートスペース「3331 Arts Chiyoda」がちょっと気になる。
秋葉原の旧中学校が革新的アート活動の発信拠点「3331 Arts Chiyoda」としてオープン – CINRA.NET
●なんか、こういう企画ができるようなスペースを持てるといいんだけど…。
小人にうなされる
- 2009-12-21 (月)
- 雑記
●いま、読んでいる村上春樹の短編集『蛍・納屋を焼く・その他の短編』(新潮文庫)より、タイトルの『蛍』『納屋を焼く』もかなり印象には残っているが『踊る小人』を昨晩読んで眠ったのだった。
夕飯を抜いて眠ったせいか、途中目がさめる。それから頭の中で小人が、グルグルと回ったのだった。主に仕事上の決断を次々と迫られる。
●24時間ぶりの昼飯で少し回復。昼休みにストレス診断をするが、相当なストレスが溜まっている。まあ、ストレス診断をしようと思っている時点ですでにわかりきったことではあるのだけれど。
●合理的にいろんなものを片付けようとしている部分もありながら、大きくはそれを取り巻く圧倒的な不合理をそのまま受け入れようとする自分への問いが繰り返されていた結果だ。そのための小人だし、それによるストレスだ。もっと不合理を不合理のまま受け入れなければならない。そもそも見学者のスタンスはそういうものだったはずだ。
『1Q84』BOOK2読了
- 2009-12-06 (日)
- 読書

●ついに読み終えてしまった。早くBOOK3が読みたい。ここで終わってはいない。2009年12月現在、これがまだ続く作品であると意味ではもちろんまだ語ることはないのだが、ぼんやりとした総合的な感想としてはいつもと一緒だ。
主人公たちはストイックで、「ねじまき鳥以降」は特に単なる「巻き込まれ型」だけではない何かがある。それが読む者(わたし)を刺激する。どの作品の主人公たちも彼らはいつも、きちんと掃除をするし、身体を鍛えるし、手際よく料理をする。そして音楽を聴く。そうしたいわゆるきちんとしたストイックさが、わたしの背筋を伸ばさせてくれる。
と同時に、井戸掘りの作業だ。今回は三人称小説と言うこともあり、ややその深く潜っていく体感度は他の作品に比べ、弱いような気もするが、それもまだ終わっていないから何とも言えない。
●これで今年半年かけていた村上春樹長編小説を読むシリーズは完結した。まさしくこの『1Q84』を読み始めるために、また最初から振り返る旅だったわけだが、それも終わってしまった。ちょっと寂しい。これから何を読んだらいいんだろう。
もちろん、読みたいものはたくさんあるが、どっぷりと深く潜れる作品にわたしは出会いたい。
それもそもそも自分が深く潜るためならば、わたし自身がまずは何かを書くのも悪くはない。戯曲も来年以降は一年一本は書きたい。それが戯曲という形態を取るかどうかはこの際どうでもいい。体裁の問題ではなく、ただただ何か潜るための何かを自分の手で書き始めることが大事だ。
帰国、『1Q84』BOOK1読了。
- 2009-11-27 (金)
- 雑記
IKEAとららぽーと
- 2009-11-07 (土)
- 雑記
●今日は初IKEA体験。新三郷まで車で移動した。一時間半で到着するつもりが、二時間半かかってしまった。それでひどく疲れた。ただIKEAは楽しかった。目的のソファベッドは発見できたし、思ったよりもよかった。あとキッチン周りに関する発見もあった。
●その後、近くのららぽーとに移動。こうしたショッピングモールはいつもイオン系列のイオンモールしかなかったので、新鮮だった。三井不動産がプロデュースしているということでそっちの系列だったのだな。
珈琲を飲み、ららぽーと内の無印・LOFT・Books KaBoSという本屋で大半の時間を費やし、この本屋でついに『1Q84』を購入。文庫化まで待とうかとも思ったが、いずれにせよ第三巻が発行されるともいわれているので、単行本で購入してしまう。結局、往復四時間半かけて移動しながら買ったのは本だけだ。
それでも楽しかった。いろいろと新しい生活に向けて想像できたのもよかった。ただ運転に疲れたのか、目が駄目だ。そこから頭も痛くなる。
『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』読了
●コツコツと読んでいた世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈下〉 (新潮文庫)である。
上巻を読み終えてからはそれほど時間がかからなかった。二つの世界がパラレルに進むというのはここから来ていたんだな。その後同じ形式を取っている『海辺のカフカ』のほうが圧倒的に面白かったが、今回のこの『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』は、おそらく時代性の問題なのかもしれない。この二作品の大きな違いはまさしく『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』のなかで語られている「コミットメント」(関わりを持つこと)と「デタッチメント」(関わらないこと)の違いでもあるだろう。構造は同じでありながら、スタイルが『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』は圧倒的にデタッチメントである。まさしく、壁に囲まれた世界で関わりを拒んできた男の話であり、そこに巻き込まれ型という発想が出てくる。関わりたくない人たちの中で関わらざるを得なくなっていく。終わり方も極めてデタッチメントな終わり方だ。
考えてみれば、わたしが以前不条理劇から学んだ際にはやはり巻き込まれ型が中心になっていた。そこに今となっては物足りなさを感じるわけだ。結局、主役は男であり、彼の基本スタンスはデタッチメントであり、わけもわからず周りに巻き込まれる。おそらくこのパターンの構造は使わないだろう。
●そんなわけで、今年の5月から村上長編作品を読み直しはじめ、残すは今年の話題作『1Q84』となる。ここでどんなコミットメントの振る舞いを見られるのか、それが楽しみ。
「月と胡桃」

●世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈上〉 (新潮文庫)をようやく読み終えた。
上巻中盤になって、話が繋がり、いよいよハードボイルドなワンダーランドが動き始めると、ついつい引き込まれてしまうのだった。
毎回そうだが、ゆっくり読んでいる分だけいくつかのキーワードが頭の中を支配し続ける。暗号化・シャッフリングなどは、現在のITメディアにおける共通のキーワードでもあるが、それが単純にコンピュータの世界で終わっていないところが面白い。ユング的な集合的無意識の世界に入り込んでいくし、また異界への移行の仕方も見事だ。
●そうした原因もあったのだろうか、昨晩の夢の中でふいに『月と胡桃』という単語が出てきた。単語と同時に満月と殻を覆ったままの胡桃のイメージが重なり、なにか書かなければという気持ちになったのだった。そして、これは何かのタイトルになると思い立った。
帰って検索してみると、北原白秋の詩集(あるいは童話か?)でそうした本があるらしい。あと、合わせて胡桃の歴史を調べてみたが、なかなか興味深かった。
●しかし、まったく読んでいる本の中にも出てこないし、何故『月と胡桃』だったのかはわからない。
●夜はややお腹を壊す。足の方は少し良くなる。
『1973年のピンボール』再読了
- 2009-09-23 (水)
- 読書
●そうして翌日にはまたその続編、『1973年のピンボール』を再読し終わっていた。
●鼠と僕の話が章ことに入れ替わっていく様は『海辺のカフカ』や『世界の終わり…』(未読)を思い起こさせる。当時、わたしは18歳でこの本を読み、何を感じたんだろうか。正直あまり覚えていない。ただおそらく鮮やかだったのだ。印象としては。受験勉強に疲れると、大宮のゲームセンターの地下にあるピンボールでわたしもただただ時間を費やした記憶がある。それも今となってはいい思い出だが、その記憶そのものももうかなり曖昧なものになっている。どん底のような生活だった。わたしの性格はこれらの本によってより内省化に向かっていった。おそらくテレビのない一人暮らしの部屋で本しかなかったわたしはおそらく続編としての『羊をめぐる冒険』にも手を出したはずだ。大宮そごう8Fの三省堂書店で手に取っただろう。ただ主人公との年齢差が気になってのめり込めなかったのではないかと思う。そこでしばらく村上春樹を離れることになった。
●わたしとしてはここでひと段落しようかという感もあるが、あとは『世界の終わり・・・』を残すのみ。ゆっくり時間をかけて読もう。
『風の歌を聴け』再読了
- 2009-09-22 (火)
- 読書
●読了したのはすでに昨日のことだ。一日ずつずれている。これがいわゆる村上春樹の処女作ということになるわけだが、最初に読んだのは以前も書いたとおり14年前だと思う。当時わたしは浪人生で大宮に一人暮らしをはじめていた。
●改めて読み返して、『ねじまき鳥』まで根底に通ずるいくつかのメタファーなども描写や、架空の小説を挟み込む方法などに気付く点などはある。ただ、どうしたって男女の描写に注意が向かってしまうわけだが、こうした特徴だけを見れば、ある種の文芸批評家たちが批判したくなるもの無理はないというか、ちょっと格好付けすぎているように感じるというか、斜に構えすぎてる感が強い。まあ、時代を考慮したってやっぱり気取りすぎな感が否めない。
●しかし、ここにはいろんなものが垣間見れる。
●休み明け、やっと仕事モードに変化してきた。
『ダンス・ダンス・ダンス』読了
- 2009-09-21 (月)
- 読書


●さて、昨日も最後にこそっと書いたとおり『ダンス・ダンス・ダンス』を読み終えた。『羊をめぐる冒険』からの続きとして。ここでも向こう側への入口になる入口があった。あちこちに行き、いろんな人たちと出会い、サスペンス的要素もありながら、ある一つの方向に向かって進んでいく。『羊をめぐる冒険』で救われなかった「僕」は『ダンス・ダンス・ダンス』でまた新たな展開を広げることができた。
●そこで、もう一度「羊三部作」前半である「僕」がどのような青春時代を送っていたか改めて振り返っておく必要があると思い、『風の歌を聴け』『1973年のピンボール』を準備。半ば義務的にではあるが、これを読み返しておかなければならないと思ったのだった。
3連休最後の休み。駅前の喫茶店で本を読み、買い物をして過ごす。
WiiFitPlusは販売されていると思っていたが、まだだった。
●明日からの仕事に向けて、また準備。
長澤英俊展-オーロラの向かう所(さいたま市編)
●正確に言うならば、起きたのは正午すぎだった。時間がなかった。車で移動することにし、とにかくいろいろ準備して、まずは埼玉県川島町にある遠山記念館を目指した。『長澤英俊展-オーロラの向かう所』とは別に長澤英俊作品がオーダーメイドで?作られているという(曖昧な情報しかないが)、その展示をせっかくだから見ておきたかった。某証券会社の創設者が母親のために建てたといわれるその家は、昔ながらのお屋敷だ。そしてその建物は細かいところにやたらと注意がはらわれている。今住んでも全然快適な生活が送れるだろうことは想像できるし、それは極めて贅沢な生活だ。その家を見るだけでも価値があったが、その上「夢うつつ」の作品が現実のお屋敷の中に埋め込まれている。そりゃ、品川から運転手付きのリムジンが横付けもするだろう。降りた老夫婦はそこで何を感じ取るのだろう。
場所とインスタレーションの関係が重要だと昨日書いたが、まさしくそのことを再確認した。
せっかくGH1を持っていったのにもかかわらず、右の三枚の写真はiPhoneで撮っている。SDカード(16GB)を忘れてしまったのだ。昨日の写真を取り込んでそのままにしてきてしまった。仕方がない。やたらと腹も減っていたし、中に這入る前に簡単に食事をしたかったが、周りには何もなかった。本当に何もない。田んぼの中だ。コンビニがあれば簡単なおにぎりでもSDカードも買えただろうが。
それでも見終わったときにはそんなことはすべて忘れてしまっていた。場所がそういう力を持っていた。
●で、カーナビに任せて次なる「埼玉県立近代美術館」へ。うまいこと渋滞を避けて移動。途中「ハード・オフ」で中古のSDカード2GBを1000円ちょっとで購入。いまなら新品でもそれくらいの値段で買えるのだが…。仕方がない。何しろ写真を撮ることもひとつの楽しみに来ているのだ。
●到着し、近くのコインパーキングに車を停めて、美術館近くのレストランに直行するが、貸し切りパーティのために閉まっていた。仕方なしに近所のラーメン屋で600円のとんこつラーメンを食べて、また戻る。
メインの「長澤英俊展-オーロラの向かう所」では、川越と違って小作品(とはいえ、大掛かりなものも数多くあるが)が多数展示されていて、これもまた見応えがあった。舞台のヒントになるような作品もいくつかあった。イメージが喚起させられた。
●さらに左の写真は常設展の中から「階段」という作品。
他にも以前書いたかもしれないが「もの派」の関根伸夫氏の『位相—大地』の製作過程の写真が映像として放映され、資料も飾られていた。贅沢だった。インスタレーションの(箱庭的な)ミニチュアがあれば、欲しいのだけれど、どこにもそんなものは見あたらない。
●満足して、そこから17号を車で走って帰る。途中モスバーガーでWサウザン野菜バーガーを食し、19時過ぎには家に到着。それからしばらく本を読む。『ダンス・ダンス・ダンス』。風呂場で浸かりながらひたすら読み続ける。
●そして読了。ふう。これについては、また後日。
『羊をめぐる冒険』読了
●午前中遅くに起きてしばらくぼんやりしたあと、しばらく街を歩き、マイカルの中のUCC珈琲でひたすら本を読む時間に充てる。そして、読み終えた『羊をめぐる冒険』である。
●いくつか『ねじまき鳥クロニクル』にも繋がる表現が後半には出てきていたし、やはり異界への空間があり、それは『海辺のカフカ』のそれとも似ていた。長編では「猫」や「異界への入口」などのあるモチーフが繰り返し使われているが、それが単なる焼き直しではなく、また別の物語に繋がっており、それぞれ読み終えたあとの読後感は異なるものだ。
いずれにせよ、精神的なリフレッシュにはもってこいだった。このまま『ダンス・ダンス・ダンス(上)』に突入する。
●そして、ゲーセンなどに行って気分を切り替えていたものの、ふと思い立って、今はまたホテルだ。ネットに接続できないストレス(実際にはiPhone経由で中国移動のパケット通信で接続していたが、ひどく遅い)がどうにもならなくなった。荷物を全部まとめて、このまま最後までホテル住まいにする。
『国境の南、太陽の西』読了
- 2009-08-23 (日)
- 読書
●今日は昨日とはまたうって変わって晴天。ただ風は涼しい。秋の風。日差しはまだ夏のままだ。もう一度簡単な洗濯物を回して干してから、外に出る。海辺に向かって歩く。今日は先月と比べるとだいぶ海が満ちていた。しばらく日陰でぼんやりしていたが、やはりそこでしばらくぼんやりしていた海辺の家族の赤ちゃん(お母さん曰く5ヶ月)をあやしたりして、また街に戻る。その途中、右の3つの写真の猫たちに会う。いや、実際にはあと2匹会っているが、写真を撮れなかった。開発区も随分猫が増えた。
その後、ゲームセンターに行って時間とお金を使い、特別これといった満足感もないまま、近くで珈琲を一杯飲んでそのまま帰る。だいぶ日に当たったせいか、軽く頭痛の兆し。
●で、家に帰って『国境の南、太陽の西』を読了。Wikipediaによれば『ねじまき鳥クロニクル』の第一章の第1稿を推敲する際に削った部分を基にしてできた作品らしいが、その片鱗らしき者は前半に感じられていた。ただまた別の「物語」である。あと、これは中国語に翻訳されたものも購入してあった。ああ、そうだよ、せめてそれをもってくればよかった。そしたら同時に読み進めることができた。
●いずれにせよ、あと未読の『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』と『ダンスダンスダンス』は読み終えてしまおう。ただ、『ダンスダンスダンス』を読む前に、「羊三部作」も読み返したい。これらを読んだのも浪人時代の18の時だ。当時大宮で一人暮らしをはじめたわたしは『1973年のピンボール』に触発され、しばらく大宮のゲームセンターのピンボールを一人黙々とやっていた。もうかなり前のことのようにも感じられる。
そして、そのあと『1Q84』である。今年はそんなわけで世の中と同じく村上春樹ブーム。どの長編のタイトルを見ても、その世界に引きずり込まれるように思い出すことができる。あと、河合隼雄氏との対談の文庫『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』もあった。それを再読したい。また考えるべき何かそこにあるような気がする。
『スプートニクの恋人』読了
●昨晩は顎の辺りを蚊に刺されたようで、痒くなって2時半頃に目が覚める。それからかゆみ止めを探すために身体を起こすと、目が覚めてしまって、枕元で少しずつ読み進めていた『スプートニクの恋人』を読み進める。ほぼ最後のほうまで。
で、今日は仕事最終日。帰ってから、読了。このまま作品を遡っていこうか。ただ『風の歌を聴け』からはじまる初期の作品群(鼠三部作)は以前、たしか19くらいの時に読んでいる。しかし、あらすじを思い出そうにも思い出せない。
とにかく手当たり次第に村上作品を読んでいこう。そして、読み切ったところで『1Q84』を購入して読めばいい。
●で、いろいろと村上作品からの影響を感じる部分もいくつかある。
●ただ、ここもまだ通過点。いつになったらわたし自身が何か書けるようになるだろう。自分のために作ったWikiにはまだ3つのキーワードしか書かれていない。結局、わたしはわたし自身をとおして見る現実の風景から、何をピックアップし、何を重要視し、そのうちの何を優先的に考えているかで書かれるものは決まってきてしまうだろう。
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