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宮沢章夫
オフライン生活
●FaceTimeで日本とトータル3時間近く繋がっていたかな。無料だし、便利だし、自宅にWiFiがあればずっと付けっぱなしということも可能だけれど、かえって繋がっていたら繋がっていたで、そこに拘束させるしされる形になってしまうので、ある程度時間を決めた上で喫茶店などに出向いてそこでFaceTimeするくらいがちょうどいいと思っている。
オフライン生活はそれなりに貴重。読書も進む。
●そして読み終わった、『ボブ・ディラン・グレーテスト・ヒット第三集』(宮沢章夫・著/新潮社)である。雑誌・新潮で読みはぐっていたので楽しみにしていた。
●2001年の9月の話だ。今、まさに上演されている遊園地再生事業団の『トータル・リビング1986-2011』もそうだが、メディアでの取り上げられ方が大きい事件・事故と小さな事件が対比されて(いや、実際は小さくはないのだけれど)描かれている。あるいはこの小説の中では、さらにメディアでも取り扱われるようなことのない事件がポリフォニックに重なる。そうした幾層もの事件の前に、たじろぐように存在する人間が描かれた作品。
●読書が進めば、また創作への想いも強まる。
●携帯のEDGE(できれば3Gを希望)があって、完全なオフラインではないところがまたちょうどいいのかもしれないけれど。
『トータルリビング 1986-2011』を観る
●遊園地再生事業団の舞台。
●以前も書いたように、こどももいるので昼間は妻が夜はわたしが観るという方法にしたが、いかんせん長い舞台だったし、わたしの観た夜はいとうせいこうさんと宮沢さんのアフタートークがあり、終わりはもう23:00近く。ただその分というか、なんというか、舞台そのものはもちろんだけれど、アフタートークもかなり刺激的で面白かった。「兆しや萌え」についてはまさしく昨日書いた「楽しみな状態」のことでもあるな。
●そして、遊園地の舞台そのものの捉えかたと、それを追いつづけたわたしの中での創作の分岐点みたいなものも見えてきた気がした。
●ここ最近ずっと生活者としても感じていることだ。
●創造、フィクションだからできることの強さを、あるいは演劇だから映像だからできることを改めて捉え直すいい機会だった。80年代についての貴重な話もあったし。
●そんなわけで夜も0時前に何とか池袋のサンシャインシティに戻る。
●昼間はわたしが子どもと過ごす間、Twitterで知り合ったふた組の親子と会う。同じ月齢の子を持つ親として気になること。いっぱい話してもらって嬉しかったし、Twitterとは違うそこに生きる「声」が聴けたのは嬉しかった。
●我孫子や流山のママたちの自然な声も是非傾聴したいのだけれど。
ハッシュタグ助かる
- 2011-04-18 (月)
- こども
●
iPhoneやiPadでデジタル家電を操作、パナソニックがアプリ提供。これ、待ってました。風呂に入っているときにiPadを防水にして持ち込んで録画番組から見られればいいのに。
って、iPad持ってないし、個人的には今、話題の子どもと風呂のスイマーバのほうに食いついちゃうんだけど。
●と、今後の風呂ライフを想像してしまってやや浮かれ気味なわけだけれど、それもこれも、twitter上の二月生まれこども(#2011feb_baby)のママさん・パパさん(#papajp)のつぶやきから色々刺激されるからだ。ちなみにちょっと先輩の一月生まれの人たちのつぶやき(#2011jan_baby)からは予防接種のことなど教えられることいろいろある。
●もろもろ子どものことで頭がいっぱいになっている。何しろ随分待ったんだよ。あと一週間を切ったと思ったら、ワクワクしてしょうがない。
●夕方から始まった岸田戯曲賞の授賞式(#kishida)だけれど、こちら岸からはustreamも見られない。岩松さんのご祝辞と、宮沢さんの乾杯ってどれだけ豪華なんだ。帰国後見よう…。
●あまり浮かれてばかりもいられないのだけれど、楽しい気持ちで一日を過ごせるのはいいことだ。にしても、#ハッシュタグって便利だ。
『ジャパニーズ・スリーピング/世界で一番眠い場所』を見る
- 2010-10-17 (日)
- 観劇
●遊園地再生事業団の『ジャパニーズ・スリーピング/世界で一番眠い場所』を観る。ずっと楽しみにしてきた舞台だが、「見学者」として演劇活動が極めて少なくなった今、正直、ずっと頭に気になっていたかつての状態ではない。つまり、かつては毎日のようにチラシをながめ、その世界はどの様に構成されるのか思いを馳せ、それだけで眠らずにいられたほどだ。今はすっかり社会人になってしまい、そうもしていられなくなってしまった。
●ただ、改めて自分が見たいと思う数少ない舞台の一つであると再認識。刺激的な創作に触れたあとのなんとも言えない快楽はなにものにも変えがたいものだ。
●あまり多くは書かないが、オープニングはカッコイイ。
●で、改めて見学者はどういう作品を、どういう形で作っていくべきか考えるキッカケになった。「見たことにしない為のまた異なる手法」を考える。
●帰ってからは、我が家の本の大部分を箱詰めする。
『ジャパニーズ・スリーピング』リーディングを観る
- 2010-05-30 (日)
- 観劇
●初の高円寺。あまり降りたことのない駅だった。早めに来て、街をブラブラする。
●古着屋の多い街だということなので、昨日燃えたことだし、ちょっと探してみる。しかし、わたしは古着をうまく見つけることができないらしい。猫なら見つけるけど。
●で、喫茶店で一服。
●座高円寺へ。劇作家協会のホームグラウンドとはいえ、来るのも初めて。いい。空間がいい。学ぶところがある。壁とか床とか。
●うわー。参った。今、帰りの電車の中だが、ほとんど感想も新たな決意も全部書き終えたと思ったのに、ほとんど消えてしまった。うーん、同じことは二度書けないからな。
●改めて感想だけでも。遊園地再生事業団の『ジャパニーズ・スリーピング/世界で一番眠い場所』のリーディング公演初日である。
●座高円寺にあるカフェでのリーディングということで、19:00から夕飯。ミルクとにんにくとコロッケが入っていたスープ(スペシャルメニュー)も美味しかった。
●20:00からリーディング、スタート。1時間くらい。テキストはかなり演出の自由度が高そうで、いろいろ想像できる。今から本公演は楽しみで仕方ない。よかった。そして、そのなかでも次に出されるであろう小説も挿話としてあったようで、そちらも楽しみだ。
●いろいろ刺激を受けられた。こうしていいものを観ると、仕事も生活もメリハリができる。
●新たな決意も生まれた。それについては、消えてしまったことだし、まだ公開しないことにしよう。公開したのに実現できてないこともあるからな。
●いずれにしても、何だか次に進めそうな気がしてきた。
ダイアログ・イン・ザ・ダーク
●割りとこまめにtwiterも書いたので詳細は省くが、「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」に行ったのだった。
1人7,000円と決して安くはないが、これはちょっと言葉にできない感動と体験を得られる素晴らしいものだった。およそ1時間半、まったく何も見えない空間のなかで、見知らぬ「メロンさん(男性)」「ともちゃん(女性)」「がっちゃん(女性)」と我々夫婦の五人。さらに視覚障がい者でアテンドをしてくれた「ひやまっち」の素晴らしいリードで何にも換えられない体験ができた。
さて、ここからちょっとネタバレ。
公園内での真っ暗闇の中でのボールのパス、ブランコ。縁側から靴を脱いで家に上がって探検。絵を描いたり。さらに靴を履いて、丸太三本分の橋を渡って最後はお金を払ってジュースを飲んだり。とにかくこの体験は記憶から消えないものになりそうだ。
体験に思考が追いつかないので、まだ保留しておくことも山ほどあるが、より鮮明に思い出せるようにこうして記録しておく。
見学者や黒沼佰見としても、「見る」ことに思考の起点を置きつつも、目に頼らない体験そのものということは重要視してきたつもりだが、完全に視覚を失った状態でも、もしかしたら生きていけるかもしれないと感じられたのは、もちろん、世界がそのなかで完結しているからだが、その先に広がる世界そのものがすべてこの優しさと温かさを軸としたコミュニケーションで構成されているならば、それはどこまでも広げられるだろう。そして、改めて見学者とこの視覚問題は考えていくことになりそうだ。
●さて、その後、一駅離れたドイツ文化センターへ。遊園地再生事業団ラボ#001『バルコニーの情景』のリーディング公演。戯曲(これは戯曲ではないという作者の注釈はあるけれど)の構造にどうしたって注目が行く作品。
公演としての完成度は、まあ、触れないが、個人的には舞台の映像でしか見たことのなかった俳優さんがいたり、あるいは今まで遊園地再生事業団に関わってきた人たちが、客席やスタッフとしてその場に集っている状態に刺激を受けた。
あとは今年行われる宮沢作品の新作本公演が楽しみだ。
数字
- 2009-03-17 (火)
- 経済
●今日はほぼ一日数字とにらみ合っていた。で、ちょっと決めたことがある。徹底的に経済と向き合ってみようということだ。
●一つには一昨日の(勝手に師と仰ぐ中のひとり)宮沢章夫氏の日記から考えることがあったから。
「不況」をはじめ、「経済」が衰弱、停滞すると、その影響をもろにこうむるのが弱い層になり、「好況期」にあっては富裕層に有利になる、という仕組みなんだな、結局、いまの経済のシステムは。
■で、それはいかにも凡庸な図式のようだが、現実の細部とはそのようなものだし、まるで社会に反映しないかのような、かすかな、そして小さな具体性、固有性が、薄紙が重なるようにして現在を形成していると感じる。
富士日記2.1Mar. 15 sun. 「ミーティングをする」ver.1.5より
●もちろん、同時に経済人という側面のわたしの仕事を通して、肯定・否定の先にあるどうにもならない構造も含め、徹底的に考え抜かなければならないと思ったからだ。というわけで、「経済」というカテゴリーをつくったが、果たしてどれだけ書けるかはわからない。ここではオープンにすべきことではないことも多分にある。資本論もそうだけれど、まずは経済理論学者の岩井克人氏の本を読もう。『会社はこれからどうなるのか』は非常に読みやすかったし、ハッとすることが多かった。もう一度そこから読み直そう。資本主義の大枠を知る上ではかなりいい入門書だと思う。
●で、数字とにらみ合っていた話に戻るのだけれど、今日ほどMacBookの画面サイズ13.3インチが小さいと感じたことはない。他の資料を参照しながらExcelに入力して行くにはかなり神経を使う。画面が大きかったら、あるいはもう一つあったらどれだけ楽だったろうか。そんなことを考えつつ、帰路についた。
●夜はケンタッキーを食べて、DVD『僕の彼女はサイボーグ』を何も考えずにぼんやり観る。
『返却』
- 2008-03-11 (火)
- 読書
●『新潮』4月号を購入していた。その中に掲載された宮沢章夫氏の『返却』を読む。読了。新連作の古井由吉氏による『やすみしほどを』も興味深い。
●思えば、こうした文芸誌を読むのは久しぶりだ。やはり読むことでまた次に迎える意欲が湧く。
『ニュータウン入口』BSにて
●BS版『ニュータウン入口』が放送されている。このためのBS。「喜びのうちに救いの泉から水を汲む」。
●というのは深夜のことなので、話を朝に戻せば、そうだった。朝から直行で東京へ。もちろん仕事。打合せが終わるとすぐに戻る。そういう意味では熊谷は今の環境上、最適な選択だったと思う。1時間あれば池袋には出られる。
そして、さらに話を戻せば、昼にはまた戻ってきて、仕事。仕事。仕事。しかしなかなか片付かない。
●少しだけこのBlogのデザインテンプレートを変更する。そうして、気分を変えて、またこのサイトそのもののリニューアルへのモチベーションも少しずつ高めていく。
●そして、また『ニュータウン入口』。「すべての戦いはあらかじめ敗北している」。
「かっこいい映像」
●いきなりの引用だけれども、敬愛する宮沢章夫氏は映像について日記でこう書いていた。
■いわゆる、「かっこいい映像」って、一般にものすごく流布されていて、そのなかで先鋭的であること、凡庸な「かっこよさ」から逃れるのは、高性能なコンピュータと「Final Cut Pro」を使っていると、いまではかなりむつかしいんじゃないかとすら思えてくる。簡単にいろいろなことができるからだ。かっこよくない映像を作るほうがむつかしいんじゃないか。というのも、言語レベルでサイードが語っていた「スーパーマーケットのバックグランドミュージック」と同様に、たとえば、表参道と明治通りの交叉点の角にあるビルの、巨大なモニターに流れる映像に見ることのできる、いまふうな、それとなくかっこいい、いわば凡庸で、垂れ流されるような映像とは異なるものをどう若い映像作家たちが作るかに興味があるからだ。(富士日記2.1 Nov. 13 tue.より)
●いつも、こうした教えに背筋が伸びる思い。舞台でも映像でもwebもまたそうだけれど、教わることが多い。
わたしもFinalCutProを使う身として、考えさせられる。
ソロパフォーマンスの前にまずは映像作品を作りたいと思うのだけれど、「どう、何を撮るか」。この「どう」の部分が太田省吾氏から、宮沢章夫氏に受け継がれているとわたしは勝手に解釈している。
そして、わたしもそこに意識的でありたい。
果たして何ができるのか、まだ考える。
『ニュータウン入口』を観る
- 2007-09-30 (日)
- 観劇
●遊園地再生事業団『ニュータウン入口』。いつもだったら(おそらく99年以降)、遊園地再生事業団の舞台(本公演)は特別な事情がない限り二回は観ていたのだけれど、残念ながら今回は楽日の本日のみ。
それでも「リーディング公演」「準備公演」「本公演」とその変化の過程を見ることができてそれがよかった。
●まず、舞台美術が気持ちいい。
●それから、「カメラマン」という人物が一人増え(台詞が増えと言った方が正しいか)、最後の『ニュータウン入口』という映画と全体の内部構造を繋ぐ存在として、活かされていたのも興味深い。
●二時間二〇分があっという間だった。
●終演後、N藤さんと久しぶりに再開。またゆっくり話をしたい。
で、江原君・藤田さんの二人とお茶をしながら、話をする。二人ともコツコツと頑張っている。今の自分が何も進んでいないことが、非常に腹立たしいというか、悲しいというか。
●毎日、少しずつでも映画のことを考えよう。台本を書き、コンテを作ろう。フィクションか、ドキュメンタリーかはそれほど大きな問題ではない。あ、それは数日前にも書いていたんだ。
『ニュータウン入口』準備公演を観る
●楽しみにしていた準備公演。
リーディングから第二稿が書けなかったと宮沢氏の日記には書かれていたわけだが、でも思ったより印象は変わっていた。映像が増え、もちろん動きが増え、登場人物も一人一役で分かれていたし、見やすくなっていた。
始まり方や終盤の締まり方などはしっかりと絞られていた印象があり、見ていて気持ちいい。
●『東京大学「ノイズ文化論」講義』も間もなく発売されるわけだが、ノイズを受容することと排除することについて考えていた。
まして、わたしもエクリチュール・オートでは『ノイズ汲み取り室』というタイトルで毎日書いているわけで、そもそもこのタイトルもほぼ偶然に近い形で生まれたものだ。
さらにモダニズム建築のルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエは”Less is more”(少ないことはいいことだ)という発想で、シンプルで無駄のない建築を試みているわけだが、それを踏まえてポスト・モダニズム建築のロバート・ヴェンチェーリは、”Less is Bore”(少ないことは退屈だ)と皮肉った。
ここにはある種の「ノイズ」への姿勢が含まれているようにも思われる。つまり、『ノイズ汲み取り室』とはまさしく近代を作る装置のようなものだということになる。まあ、単純な二元論ではもちろん語れないわけだけど。
一方、ポストモダン的なノイズを「受容する」という立場を取ることで、先日書いていたある種の「甘さ」が出現してくることも確かではないか。その落とし穴に注意していながら多様性やノイズを保護する立場というのが大事なところだと思う。
『ニュータウン入口』リーディングを観る
- 2007-04-21 (土)
- 観劇
●TSUTAYAで借りていたビデオを返して、また別のものを二本借りる。そして、また東京へ。
●上野に出るのにまずは熊谷駅まで車でなんだかんだと20分弱。距離はそんなにないんだけど、駐車場に止めたりいろいろある。駅の近くの駐車場。非常に原始的な料金支払いシステム。封筒に時間と車のナンバーを書いてそれを箱に入れる。
●そして、熊谷から上野まで約1時間ちょっと。上野駅から上野御徒町まで少し歩き、その途中で軽食。それから大江戸線に乗って、森下まで。
森下スタジオははじめて。遊園地再生事業団#16プレビュー1『リーディング公演』を観に行くというか、聞きに行くというか。
開演前のパンフレットからかなりワクワクさせてくれる。そして、わたしが書こうとして書けなかったあるテーマが見事に描かれていて、唸るしかなかった。そうか、その手があったかと。
たとえば、確かに予備知識があればもっと楽しめたなあと思うような場面もいくつかあるが、着目すべきはいつも方法。そして、姿勢。久しぶりに刺激的な舞台が観られてよかった。
現代能楽集III『鵺/NUE』を観る その2
- 2006-11-19 (日)
- 観劇
●日曜日。いつもは群馬に戻るところだが、今週は戻らない。
●そんなわけで、現代能楽集III『鵺/NUE』を観る。楽日。現代能楽集III『鵺/NUE』を観るのときは、上手側から観たので見えにくかった部分が多くあったが、今回は下手側。よく見えた。
しかし、よく見えたと同時に同じ芝居でありながら、笑いのタイミングが回毎に異なるのはよくあることだろうと思うものの、上手下手それぞれの客席によって感じ方が違うということも感じられ、非常に勉強になった。
●客席を出ると、見学者-001-『路傍のひと』で舞台監督をやってくれた小金井君がいた。そうだった。小金井君は今は世田谷パブリックシアターの人だったんだな。当時から仕事が丁寧だったし、そうした丁寧な仕事で着実に演劇界に貢献している様子をその姿から垣間見られてよかった。
●帰ってから、チラシの束を片付ける。いいものとか変わったもののみを残し、残りの95%は捨てる。
●さらに、HDDに溜まった番組をまとめて1.3倍、あるいは倍速で飛ばしながら見ては捨てる。
現代能楽集III『鵺/NUE』を観る
- 2006-11-14 (火)
- 観劇
●『鵺/NUE』。リーディングを観たのが『鵺/NUE』リーディング公演を観るのこの日で、2月3日のことだ。
●改めて戯曲の構造の面白さに唸る。
ただ個人的にはリーディングのイメージが非常に強く、ある面においてはリーディングのときの声を思い出しながら、そのシーンを見た方がよいと思われる場面もいくつか。
確実に影響を受けているのは間違いないが、そのあたりに何か差異を見いだせるように思えた。
●ポストトークでは生の野村萬斎氏。ないようについては、宮沢氏特集の雑誌『ユリイカ』など数冊を劇場で購入していたのだが、そちらと重複するので割愛。
●さらに、楽日の日曜日にもう一度観るので、そこでまた考えよう。
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