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太田省吾

『砂の駅』体験

●いわずとしれた太田省吾原作作品。昨日もDVDを観ておいたが、今日は本番。
 日韓共同制作公演『砂の駅』ということで、韓国のキム・アラさんという女性演出家の手でよみがえった。
●舞台美術的なところや演出のいくつか気になるところあったが、転形劇場時代の大杉漣さんや品川徹さん、鈴木理江子さんの歩く姿はまさしく転形劇場が蘇ったのではないかと思わせる。とくに品川さんの立ち方というか、存在はすごい。なんというか、今となってはいろいろテレビドラマなどにも出ていられるにもかかわらず、まったく変な色が付いてないというか、役者というか、人間の存在、人間のなまの身体がそこにあるという感じ。
●まあ、偉そうに書いているけれど、ついつい寝ちゃいましたよ。わたし。ええ。前もそうだったんだけど。いい舞台では寝ちゃう傾向がある。わたしですよ。
●解釈はこの際なくて、『砂の駅』は演劇として観るものではない、と改めて言っておこう。体験するものだ。
●太田省吾がなくなった今、こうした追体験の機会を得られたことは大きい。

●ちなみに、世田谷パブリックシアターがはいっているキャロットタワーでは、キッズルームがあって、そこでむすこんを預けたわけだが、そもそも授乳室が案内板に書いてないとか、キッズルームではできないとか、いろいろあってバタバタになってしまった。
●ただ二時間ばかり預かってもらって、キッズルームはとてもよかったと思う。本人最初は号泣したものの後半はだいぶ慣れてきたようだったし、そうして少しずつ大人になっていくわけだ。帰ってきたらズリバイのスピードが二倍になってたし。

地点『あたしちゃん、行く先を言って』

●正午近くに起床。あわてて支度して出掛ける。
●吉祥寺シアターへ。吉祥寺に入り、直接吉祥寺シアターを目指す。すると気分的には『次の出発』公演のさいの感覚がすぐによみがえる。そして、いまだにここを削ろうとか考えてしまう(主に削る方向で)。
●劇場は従来の客席を全て90度回転させた形で、かなり間口が広い使用方法。コンクリートブロックが一直線に横に並ぶ。その奥には斜めに二階に上がるブロック。そして二階にも一直線に横に並ぶ。さらに(今回でいうところの)奥、回廊スペースにも並ぶ。それらは開放された戸口から見える。そして釣られた二台の液晶テレビ。
●舞台全体の印象は今までの「地点」の発話より自由な感はあり、むしろテキストによる縛りが強められたようにも感じる。啓発されるものは多々あったが、「太田省吾」を知るとか感じるためのものではないのだと思う。それはわたしが極端に太田省吾という演出家をわたしなりの文脈ですでに噛み砕き過ぎているからかもしれない。そういう意味では素材の違う一面を考えるキッカケにはなった。そして、引き続きこうした刺激的な舞台を作り続けてくれる「地点」という集団はわたしにとってはありがたい存在だ。
●で、ロビーに出ると照明家の木藤さんとバッタリ。明日もまた会うことになるとわかり、駅まで。
●その後、先日軽くお誘いしていたN藤さんから電話があり、お連れのHさんとともにお茶をいただき、軽く食事。「歩く会」が数年振りに人数も増え再結成されの第四回目の大まかな歩きルートと日程が決められる。うん、楽しかった。
●わたし自身にくっついたいろんなものは増えつつも、そんなものとは関係のないところで、それぞれの領域で繋がる人たちがいるのは非常に嬉しい。

『エレメント』

●会社でいろいろとやった後に、家に帰って何とか昨日のDVD『太田省吾の世界』を観る方法を考える。
 MacBookでは再生できることから、映像を出力してアナログテレビで観ることも考えたものの、せっかくだからとプロジェクターを繋ぎ、大画面で『エレメント』を観る。
●『エレメント』は大学時代に江古田校舎の図書館で探し出した『悲劇喜劇』という演劇雑誌に掲載されていた戯曲を読んでいて、映像は観ることができないだろうと諦めていたもので、わたしのなかでは相当神格化されたものになっていて、ちょっと驚くような仕掛けがいくつかあって、それがまたこう表出したかと改めて驚かされる。
●で、何しろわたしとしては太田さんの舞台を映像であれ、何であれ、観られたことでいろんなものが全部リセット出来る感覚が心地いい。「何もかもなくしてみる」状態になれる。
 いろいろ詰め込もうとしすぎている自分が嫌になる。
●というわけで、『地下生活者の手記、あるいはブリタニカ論文(仮)』は仮タイトル通り、ドストエフスキーの『地下室の手記』とハイデガーとフッサールの『ブリタニカ論文』が基にあったわけだが、1時間半ではちょっとおさまりきらないのと、今、わたしが観たいもの、創りたいものという意味では、ハイデガーの言葉はちょっと違うように感じ、もう一度、練り直すことにした。ともあれ、もっとシンプルでいいんじゃないかと思い、そう考え始めたら、何だか一気に前に進めそうな気がしてきた。

太田省吾の世界

●久しぶりに中でものを動かす仕事を休止して、都内で行われているある会合に参加する。
●夜、一つのニュース。太田省吾の世界 [DVD]のことを妻から知らされ、大喜びでワンクリック購入。
 これだけで十年くらいは心の支えになる。

同時代性ということ

●雑誌『舞台芸術10』を読み返して、故・太田省吾氏の言葉に改めて目を覚まさせられる。
 この時代において、同時代人に向けてどう何を表現しているのか。

 問題は、どのようにして<壁>を意識化するのか。しかも<壁>はますます厚くなっていくかもしれないし、質を変えるかもしれない。ちょうど僕が大学に関わるようになった頃、芝居が非常に面白くなくなってきた。そういうことが何にも意識されず、そのことが確実にもたらしている一種の芸能化というものが全般的に起こっているように感じられた。芸能化とは<壁>への無意識的対処だろうが、芸能に一元化されてもまずい。とにかくそこを何とかしなくては…。

 という話から、京都造形芸術大学舞台芸術学科におけるカリキュラムのベースにしているということに繋がるのだが、ここで問題にしたいのはやはりその<壁>なのだ。
 見学者においては、すでにその芸能化は放棄しているといっても過言ではない。だからこそ見学者としても、その<壁>を意識しつづけようという日々の連続である。むしろ、その<壁>を見つけることさえできれば、方法も自ずと絞られてくることになる。
●爆笑問題の太田氏は、NHKのある番組内で歴史を馬鹿の一つ覚えのように縄文時代から教えないで、現代から遡っていけないのかと話していたが、これはまったく同感で、そもそも近現代の歴史こそが「今」を形作っている。
●さらに内田樹氏も歴史の中で自分がどの位置にいるのか、それをわかろうとすることの必要性を説いている。時間的なマッピングがあって、今、自分がどこに立っているのかがわかるのだ、と。
●まさしく、これらの話はすべて繋がっていて、00年代も後半にさしかかり、ようやく新たな時代の流れが紐解かれようとしている。2000年を越えて、ようやく90年代が振り返れたように、00年代もまたそうした流れの中で、時間が過ぎることで把握されようとしている。
 だが、その時代の中に生きて、やむにやまれぬ思いが出現するからこそ、また新たな、時代を象徴するような表現が出てくる。その逆の時代を象徴しようと表現されたものは、表象でしかない。
●しかし、圧倒的に何かが薄っぺらくなっているのは間違いない。それこそ先の「芸能化」もその一つに違いなく、教育の問題も、あるいは政治や社会、すべてのなかで、何か隠蔽化され、見なかったことにしようとする力が大きく動いている。いまはただ、その同時代性の<壁>をただただ見つめ、発見していくしかないのだろう。

太田省吾さん死去

●本当に残念でならない。まだ67歳。
●太田さんの舞台なら、どこにでも行った。中国からでも、東京や九州にも行った。東京から京都にも行った。それだけの価値のある舞台を作ってくれる人だし、もっと見たかった。とにかく残念でならない。
●残された著作や過去の舞台からまだ学ぶことがある。やらなきゃならないことがある。

ベケットを読む『ある夜ー老いた大地よ』ー『また終わるために』より

●生誕100年期年として「ベケットを読む」という企画が、シアタートラムで行われており、太田省吾氏演出の「『ある夜ー老いた大地よ』ー『また終わるために』より」のリーディングと言っていいのだろうか。まあ、「リーディング」と銘打ってあるわけだが、リーディングという印象はほとんどなかった。太田省吾氏のしっかりと演出した作品に仕上がっていたように感じられたし、それが非常に嬉しかった。

●リーディング公演のあとに本日は二つのレクチャー。一つは小説家の保坂和志による「ベケットとその周縁、あるいはその解釈について」(これはわたしなりに勝手に付けたタイトルだが)。
 これが何と言っても衝撃的だった。わたしにとっては、まず、小説家の小島信夫氏が本日亡くなったことについても、あまりわたしは小島氏のいい読者ではなかったが(というか全く読んでいないのだが)、保坂氏によれば、「ベケット・カフカ・小島信夫」は似ているということを仰っていて、これも何かの縁だと思い、読んでみたくなった。
 そして、ここでさらにハイデガーの名前が出てきたのも、そもそも保坂氏なら当然のことなのかもしれないが、そのなかでも『存在と時間』の第二十三節を引用して語られていたことの奇妙な符合が、それはつまり、わたしの「『存在と時間』を読む」がまさしく第二十三節で止まっていることとの符合だが、これで、また継続しようという気持ちにさせてくれる。
 さらに、ハイデガーとベケットについては、それぞれ「強くなること」と「弱くなること」で同じフィールドのことを描いていたのではないかという指摘で、何かがすっとしたというか、すっきりしたのであり、だからこそ改めて読み続けようという気持ちにもさせられた。
 最後に「解釈」についてやはり保坂氏は懐疑的だった。作品を解釈することそのものに意味がないのではないか、作品を書くということは、つまり、そうした解釈をされることも含めた上での作品であり、それも内包した世界なのだから、そうして理解することは却って作品から離れることになるということ。これはまさしく。
●そして、もう一つは演出の太田省吾氏のレクチャー。
 ここで、ベケットの実際の演出した作品の演技について、太田氏は「通俗的な」ものだったということを仰っており、それがかなり意外だった。
■話は横に逸れるが、それに比べて今回の作品は、太田氏の演出でわたしの期待通りのものだったし、なおかついくつか新しい手法も使われていて、それが面白かった。
●で、話を元に戻すと、ベケットの作品以降について、というか20世紀の芸術で「わからないもの」が出てきたのは何故か、そしてそれには強い必然性があったというお話。
 簡単にまとめてしまえば、「自明性への懐疑」ということになるわけだが、それは確かにわたしの中でも、大きなテーマであったのは間違いなかった。
■また逸れて、わたしの話になるが、わたし自身にもその懐疑への懐疑ともいうべきものも確かにあったし、いわゆる「芸術家」だから「普通の格好をしません」とか、そういう感覚はちょっとおかしいんじゃないかとも感じられ、つまり、20世紀後半から現在にかけて、すでにその次の段階に進んでいると肌で感じていた。それはもう感覚的にそう思うのだ。
 芸術学部に入って、わたしたちの代では「おかしな奴らが減った」という話を入学したての頃に確か聞いたような気がするが、それも同じようなことではないかと思われるし、もうすでに表現されるべき内容はその段階ではないのだろう。
●このように、わたしはそのように次のステップとして、時代の移りかわりとして捉えているわけだが、太田氏は生きる上での「ほんの少しの希望」を人間は捨てることができないからだ、として話を閉じられた。

●とにかくこの日記を見てもらえればわかるとおり、わたしはかなり興奮したのだった。ここ数日の嫌な思いなどこの二時間の「リーディング+レクチャー」でどこかへ行ってしまった。むしろ、帰ってきてから見た仕事のメールもなぜか楽しく感じられるほどだ。
 こうした刺激で脳が活性化したことによるものだとわたし自身は判断しているが、脳が動き出せば、仕事も執筆も楽しく向かっていける。そのためにも、戯曲執筆は思考の運動。世界と思考を繋ぐ運動なのだと改めて考えたのだった。

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■倉光仁美・妻・つまん
 見学者の演出担当であり、妻でもある。
■むすこん
 息子のこと。ネット上の相性。(この流れでわたしも「おっとん」と名乗るようになる)
■ロム
 大連駐在時に日本料理屋のウェイトレス張さんにもらった猫
■ハム
 ロムとその日本料理屋で飼われていたアサヒ(オス・現在北海道にいると思われる)との間に生まれた娘猫。

■歩く会
 都内を中心に歩く会。

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