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2010-01

さよなら中講堂『桜の園』


●午前も早めに起きて、早稲田大学演劇博物館で行われている「太田省吾展」を観に行く。実際、大学の企画でどれだけのものが見られるのだろうと思っていたが、『水の駅』の装置であるところの水道や『ヤジルシ』の島次郎師による美術のミニチュア。当時の台本の書き込み。刺激を受けるものも結構あった。
●で、早稲田から池袋の移動は、この際だからと歩く。ルートをiPhoneで記録に残すテストも兼ねて。twitterにも記録。iTrail
●さて、そこからは大学卒業の記憶を巡る旅。江古田の駅はすっかり変わっていた。すっかりお腹も空いたので、懐かしの洋包丁でダイナミックにスタミナ定食。やはりかなりの量。懐かしのおいしさ。
●で、大学の演劇学科の60年の歴史をもつ中講堂での最後の公演『桜の園』。演出が同期で、連絡が回って来ていたので、是非にと。出演はすでにプロとして活躍している卒業生から、同期から、後輩から、現役の演技コースの面々。ほぼ大学の中は変わっていた。残された遺跡のようにそびえる中講堂。
●公演後、大学時代の同級生と喫茶店「ぶな」で談話。マスターもお変わりなく。10年後の自分にメッセージを残すサービスで書いておく。まあ、10年経たないうちに是非行きたいけれど。
●で、もう一度大学に戻って食堂で行われている打ち上げに参加させてもらう。
 この二日間、みっちり演劇三昧の日々だった。初心も思い起こした。

地点『あたしちゃん、行く先を言って』

●正午近くに起床。あわてて支度して出掛ける。
●吉祥寺シアターへ。吉祥寺に入り、直接吉祥寺シアターを目指す。すると気分的には『次の出発』公演のさいの感覚がすぐによみがえる。そして、いまだにここを削ろうとか考えてしまう(主に削る方向で)。
●劇場は従来の客席を全て90度回転させた形で、かなり間口が広い使用方法。コンクリートブロックが一直線に横に並ぶ。その奥には斜めに二階に上がるブロック。そして二階にも一直線に横に並ぶ。さらに(今回でいうところの)奥、回廊スペースにも並ぶ。それらは開放された戸口から見える。そして釣られた二台の液晶テレビ。
●舞台全体の印象は今までの「地点」の発話より自由な感はあり、むしろテキストによる縛りが強められたようにも感じる。啓発されるものは多々あったが、「太田省吾」を知るとか感じるためのものではないのだと思う。それはわたしが極端に太田省吾という演出家をわたしなりの文脈ですでに噛み砕き過ぎているからかもしれない。そういう意味では素材の違う一面を考えるキッカケにはなった。そして、引き続きこうした刺激的な舞台を作り続けてくれる「地点」という集団はわたしにとってはありがたい存在だ。
●で、ロビーに出ると照明家の木藤さんとバッタリ。明日もまた会うことになるとわかり、駅まで。
●その後、先日軽くお誘いしていたN藤さんから電話があり、お連れのHさんとともにお茶をいただき、軽く食事。「歩く会」が数年振りに人数も増え再結成されの第四回目の大まかな歩きルートと日程が決められる。うん、楽しかった。
●わたし自身にくっついたいろんなものは増えつつも、そんなものとは関係のないところで、それぞれの領域で繋がる人たちがいるのは非常に嬉しい。

大仕事

●ちょっと大仕事になってきた。ちょっとだけ具体的に書けば組織の再構築に関するプランニングである。まあ、プランニングだけなら誰でもできる。ここからの実行が問題だ。でも、ここも何とか乗り越える。この先にきっと次が待っている。
●そういえば、リフォーム会社Aとの打合わせ二回目。見積もり提示あり。予算いっぱい使われてしまうとちょっと苦しいんだよなあ。予算の提示の仕方も悪かったんだけど。

iPad発表だが…

●今日は何の問題もなく無事帰国。荷物もかなり重いので電車で帰る気になれず、久しぶりに高速バスで。
 バスを待つ間、成田空港第一ターミナルをまたぐるっと回る。月に二回も出発階を歩くと不思議な気分になる。一週間前の自分と一週間後の自分がどこかで出会うような奇妙な感覚だ。
●そして、日本時間の今朝方AppleからiPadが発表される。
 おそらくわたしは買わない。価格は魅力的だが、これで何をするかというイメージが湧かない。iBooksという本を読めるアプリケーションがメインだが、日本の出版社が動き出すとも思えない。偏った出版社の本だけを読める環境になっても、それはつまらない。
●そんなわけで、iPhoneの新型もMacBookProの新型も発表されなかった。これで先延ばしになってしまった。ちょっと期待してたんだけどなあ。
●日本に戻ると、一気に感覚が変わる。

全力と再構築

●だいぶ短くしている中国出張期間だが、やはり終わるとホッとする。特に今回はやはり気疲れした。人との接触は発見もあり楽しいのだが、一方でマイナスのオーラを受けとるのはかなり労力を使う。他人の(しかも文化的背景の異なる他者の)混乱した思考をまとめて聴き、さらに整理して伝え直し、再構築する作業になる。かといって、彼らが話すその話の流れにも意味があると考え、再構築する際に、それらの気分を壊さないようにしなければならないから、かなり気を遣うものの、中国ではさすがにそこまで再構築を使わない。
 ただ、ややもすると、中学の時にある種歪められたマルクスを学ぶこの国においては一般的に資本に対する「搾取」の観念はすでに集合的無意識のレベルにまで達しており、それを踏まえた再構築は必要である。
●そんなことを考えながら、実践していくのは楽しいものの、こんな方法が決して正しいとは思っていない。むしろわたし自身の研究の対象としての部分もあり、そう思っているうちは相手は本当の意味で心を開いてくれないものだ。だから最終的には全力での体当たりになる。
●そうか、全力と書いて、思い出した。
●「全力をあげて何もしない」
●もう一度この言葉を胸に刻み、一月の大陸を離れることにしよう。

見ることの面白さ

●『ブラタモリ』ファンであり、iPhoneユーザなら誰でも喜ぶ特性アプリが誕生。その名も「ブラアプリ」
●考えてみれば、この不況下で「ブラタモリ」や「モヤさま」などの町歩き番組が流行るのは推して知るべしと言うべきか。
●ただ、喜んでばかりもいられないのは、見学者的にもやってみたいことがなかなかできぬまま、こうして次々に形にされてしまうと、悲しいものがある。もちろんキャスティングの良さがそれぞれにはあって、それが番組の面白さに繋がっているのだが…。先日『モヤさま』放送分のなかで『ブラタモリ』の話題が出てきたのは非常にうれしかった。
●「面白い町があるのではなく、町の面白さがある」というのは、それぞれの番組を比較してみてもわかる。どの角度でその町を見るかだ。見学者の姿勢の本質的な部分にも繋がるテーマであり、それは「町」だけでなく、「人」にも、「建物」にも、あるいはすべて「自然物」、「人工物」、「芸術作品」、「サブカルチャー」にもそれが当てはまると考える。
●たとえば、見学者としては、わかりやすく「観光スポット」や見学コースのある「施設」をターゲットにするならば、「見せたいもの」が先方にはあり、それを見つつも「見なくていいもの(あるいは見せたくないもの)」を探すことに面白さがある。

来る人、去る人

●2001年から、00年代の大連を2005〜2007年を除き、定期的に見てきたわけだが、この10年の間に人はいろいろ入れ替わっている。そして去る人がいれば、また新たに来る人がいる。
 2001年度の在留邦人の数が1,500人程度だったが、2008年度には約4,500人と三倍までふくれあがっている。(在瀋陽日本国総領事館大連(駐)事務所)。
●春が近づくとそういう季節になったのだと改めて思う。とはいいつつも、かなり寒い。室内でもコートを着ていないと耐えられない寒さだ。その代わりキーボードを打たなければならない手は防ぎようがない。
●ホテルに戻れば、それなりに安心。

書くことと夢を見ること

●日曜日。身体はだいぶ楽になっている。
 来週の日曜日に江古田に出掛ける用事もあって、その件の夢を見た。そこから新たな見学者の稽古場でダンスというか、動きの研究を熱心に倉光としていて、それが楽しかったのだ。久しぶりに見学者的なことを夢のなかで行い、それだけでもだいぶ気分が違う。新たな希望の形が見えてきた。一月後半から二月には都内に観に行く公演もいくつか重なっていることもあり、それがそうした夢を発生させてくれている。夢だけでも非常に幸福なことだ。夢を見ることで整理される。
●そんなわけで、9時くらいに起床。
 朝ご飯を食べて、荷物を持って自宅へ移動。昨日はわずかにしかできなかった洗濯をしている間にDVDで『ライアーゲーム』(シーズン1)をまとめて見る。だいぶ後半まで進んだところ(第三回選に入る前)で、頭がぼんやりしてきたので、気分転換にさらに出掛けて、スタバへ。
●そこでで少し集中しなければならない仕事絡みの書き物を進める。書きながら考えることも多々あり。書くことで整理され、また別の角度から考えられるようになるというこの繰り返しは、非常に心地よい。これが仕事にも流用できるようになったことはわたしにとっては大きな前進だ。しかし、そうした書き物は、この日記のような垂れ流し的な文章ではなく、必死に考える種類のものだ。そういう時間がまた次の段階に進めてくれる。それは渾沌とした無意識にあるものを意識下に引っ張り出す作業と同じだ。それを怠ってはいけない。
●さて、帰りにまたDVDを店先で見るだけ見て、帰宅し、さらにホテルへ移動。引き続き、『ライアーゲーム』を観る。
●さて、今晩はどんな夢を見るだろうか。

停電

●昼前には起きた。まあ、しっかり眠れた。で、まだあまり溜まっていないが洗濯でもしようと自宅に向かうと、電気が付かない。最初は電球の球が切れただけだと思ったが、すべての電気が付かないことに気付いたのはトイレに入ってからだ。どうやら一時的な停電らしい。
●しかたなしに、外に出る。ブラブラ歩いていたが、先月行かなかったマッサージへ。寒くない昼間のうちのほうがいい。今日は大当たり。「あなたは肩が相当悪い」と二時間、念入りにほぐしてくれた。
●自宅に戻ると電気が戻っている。一安心。中国のテレビを見ながら、簡単に洗濯。
●ちょっと遠回りして散歩を兼ねて、DVDを購入してからホテルに戻る。ちょっと籠もって何か書こうと思ったが結局何も浮かばず。iPhone関連のネットをウロウロしているだけで一日が終わってしまう。

年末か新年か

●社員の一人が大雪のときに転倒し、足を骨折したというが松葉杖で出勤。痛々しい。
●夜は中国にて日系企業の新年会。中国的にはまだ暮れだが、そこはまあもちろん日本式。ただ、やはり新年か年末かどちらに気持ちを持っていっていいのかわからない。わたし自身は駐在のときはあまり新年の感覚は持てなかった。
●で、まあ、何名か懐かしい人たちや定期的にご挨拶する人たちもいて、楽しく過ごした。だが、預けた荷物の預け番号札を紛失してしまい、結局最後まで待つことに。最終的にはすんなり荷物も出してもらえたのだが、ほぼ日本人だけの集まりで良かった。
●さらに夜中、宿泊先をホテルへ移動。これで安心してネットに繋げる。

1000件目の投稿/大連へ

●百の目、千の事象もこのWordpress版になって1000件目の投稿。
 千の事象とはいいつつも、そうした視点で書けたことは少なかったと改めて反省。特にここ数年、東京を離れてからはまったく駄目だった。
●歩く会の師匠・N藤さんからのメールがあった。メールがあったのは昨日のことだが、気付いたのは今日のことだ。
 そして先週末わたしはN藤さんについて妻と話をしていた。内田百聞(本当は「門に月」)、内田樹氏のこと、今のわたしに多大な影響を与えてくれていることを改めて考えていた。
 そんな話をしていて、手紙を出そうということになっていたところで、メールだ。迷惑メールフィルタにはかからなかった。まずは返事を出そう。しかし、返事を出す前にこうして書かずにいられなかったのは、その妙なシンクロニシティ(共時性)を感じたからだ。
●そして、真冬、春節前の大連に来た。
●中国国際航空でのフライト。隣に座った中国人の初老の男に話しかけられる。役人だと名乗る彼が何を言いたいのか今ひとつはっきりわからなかったが、1977年生まれの息子が東京大学を卒業し、日本で働いているということ、来週の月曜日に開発区に行くということ。日本の管理手法、政治について話をしていた。彼は「日本はいい」とずっと言っていたが、隣の芝生だろう。たくさん勉強しなさいと諭される。わたしが『下流志向』を読んでいたからかもしれない。そのタイトルだけをみて心配になったのかもしれない。

準備

●何かと忙しい日々が続く。まだなれない仕事もあるが、あまり気負わず、かといって力を抜かずをモットーに仕事に精を出す日々だ。
 そんなわけでクタクタである。
●さて、そんななかでも明日からの大連出張に向けての準備。

呼んでいる場所

●仕事の要件で福島へ。群馬から東北自動車道で山を越えた先にあるが、今まで通過することはあったものの、物心が付いてから目的を持ってきたことはなかったのではないか。
 これだけ近いのであれば、仕事とは別にまた来てみたい。まあ、わたしが今日見た範囲では何もなかったわけだが。
 わたしの師匠は言った。「面白い街はない。街の面白さがある」と。あと、個人的にはなぜかわからないのだが、東北に非常に惹かれる何かがある。何かが東北地方でわたしを呼んでいる。

スタートダッシュ

●うーむ、月曜日は仕事のことで頭がいっぱいだ。一週間のスタートなのでダッシュをかけないとペースを作れない。
 夜中には地道に内田樹氏の『下流志向』をふむふむ言いながら読んでいる。
●そして、ふいに大連の天気予報を見て驚いた。

 わたしが渡航する1月21日。その翌日は最低気温は-21℃である。なんだろう、この急激な温度の変化は。完全防寒でもおそらく防ぎきれない寒さだろう。これも気合いで何とか乗り切るしかなかろう。

ほぐす

●リフォームの打合せのために、現地に移動し、そこで測定してもらったりして詳細を打合せ。少しずつ前に進める。
●そこから必要な買い物をするためにイオンモールに移動。
 ふと、思いついて『のだめカンタービレ最終楽章 前編』を見る。その前に30分のマッサージ。背中の凝りをじっくりほぐしてもらう。
●これで身体も心もだいぶほぐれた。

肩こり

●いやあ、肩こりと背中から腰にかけての硬直度合いがひどい。妻も同様にだいぶやられているようだ。疲れも溜まっていたので、今日は何もせずにダラダラと家でテレビを見たり、マリオをやったり。しかし、却ってそれでだいぶ疲れてしまった。
●ストレッチをし、熱い風呂に入って、だいぶ楽になった。

今更ながら、龍馬伝

●やっと週末。仕事も何とかできる範囲で早めに終わらせ、TBSでやっていた『Wの悲劇』、大河ドラマ『龍馬伝』を見る。
 いずれも香川照之ファンとしては見逃せない。まあ、『Wの悲劇』はどう見ていいか最後までわからなかったが…。ちなみに『坂の上の雲』もまだ五話分見ていないままだ。しかし、まあ、香川さんはこの記事「南京大虐殺を描いた『ジョン・ラーベ』、日本で上映禁止」にもあるように、かなりのチャレンジ精神の持ち主。『ジョン・ラーベ』。中国版も国際版とは異なる編集がなされているようだが、それでもまったく公開されない日本よりはましだ。向こうで何とか探し出して見てみたい。
●で、『龍馬伝』だが、近年の民放ドラマでは見られないかなり丁寧な作り込みで、好感が持てる。

再建計画

●JALのニュースは目を惹くが、その経営再建のプロセスにはかなり興味がある。
 まあ、これだけデフレになってくれば、人員削減やジャンボジェットの売却など固定費削減を中心とした計画ではあるものの、経営の再建は生半可なものではないだろう。
 大手企業の人たちと話をしていると、JALだけではないというのは感じる。大企業には「大企業病」と呼ばれる状態があり、の「大企業病」におちいった会社は文化そのものを変えなければならない。大きければ大きいほど変化は難しい。一つ一つの小さな行動や判断が文化そのものを形成するからだ。そうした習慣を根本的に変えることは難しい。
●そういう意味では中小企業はまだまだフットワークが軽い分、条件は同じだが、対応はまだまだ可能である。やらなければならないことは山ほどある。
●日本国そのものも本当の意味での「再建」は可能なのか。

サイバー攻撃

●いつも帰ってもくだらないテレビを見てしまい、ただただ時間が流れてしまう。うーん、駄目だなあ。どうも駄目だ。
●さて、かなり気になる記事。

http://journal.mycom.co.jp/news/2010/01/13/015/index.html


●そもそもこのマイコミジャーナル、ファイルメーカー選手権などもあって非常に重宝しているサイトなわけだが、このサイトそのものも中国からだとアクセスにかなり時間がかかる。
 やばいな、中国。これは新たな冷戦以降、先進国/途上国の次の新たな対立構造を生み出すひとつの大きな予兆のようにも感じられる。上海万博どころじゃないんじゃないか。

文具の夢

●仕事で某文具メーカーの工場に行く機会があり、ちょっとだけ展示室などをのぞかせていただく。
 最近は改めて文具がわたしのなかでもブームである。特にこうしたサイトは自然と見入ってしまうほどだ。なかでも特にホワイトボードや付箋、手帳もそうだが、そういうアナログな手書きでメモを取るための手法に興味がある。
●MacやiPhoneでやれることもかなりたくさんあるが、やはり手書きでレイアウトしながら書くことで生まれてくることや整理されることがある。
●うーん、リフォーム時に壁の一面だけでも全面ホワイトボードにできたらかなり面白いんだけどなあ。

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