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2009-08
やや疲れ気味
- 2009-08-31 (月)
- 雑記
●いやはや、このページの左の方にTweetsとあるが、まだログインできないままだ。これできると、大連でも読むだけは読めるんだけど。
●さて、昨晩も選挙報道を遅くまで見てしまったので、なかなか寝付けず。朝が起きられなかった。おまけに天気も悪い。そんな8月の終わり。
●今日はやめに風呂に入って、寝ることにしよう。
軽井沢へ
●昨日予定していたとおり、見ようと思っていた土地に向かう。しかし、その途中、セゾン現代美術館「絵画 モノクロームとマルチカラー」というテーマで、色彩の観点からもいろいろ見たかったが、想像以上にインスタレーションの展示などが多く、面白かった。特にジョージ・シーガルの作品が生で見られたのには感動した。なにしろ『次の出発』はこの人の彫刻のタイトルから取ったものだ。舞台のイメージを直接的に掻き立ててくれる。さらにいくつか刺激的な作品もあり、この体験は貴重だった。環境も極めて贅沢だ。
●で、その足で探していた土地を見つけ出す。
●さらに赤城山の鬼押し出しを見る。そこからまたいくつもの峠を越えて熊谷に戻る。帰りは高速も一部渋滞に巻き込まれて、早めに一般道に降りて事なきを得る。
●この二日間でだいぶリフレッシュできた。次にまた行く機会があれば、宿泊先は考えよう。「物語」を生み出すための安静な場所だ。
●総選挙の結果を見る。さて、ここから。
『20世紀少年』最終章を観る/長野へ
●昨日までは朝から出発しようと思っていたのだが、昨日のテレビを観てしまって、どうしても『20世紀少年 最終章』を観たくなってしまった。原作とは異なる展開とラスト。よくできている。いや、観ておいてよかった。
●ある種の「物語」を作りたくて、普段の環境を離れたくなった。で、やっておきたい用件もあったので、軽井沢方面に向かった。おととい予約したホテルに向かって車を走らせる。花園から高速。ETC高速1,000円も初めて味わった。2、3時間走る。
●着いた場所は小諸という町。もっと何もないところに来たかったが、わりと普通の町。ホテルも値段優先できたので、ただ寝るための場所だ。あまり創造的な環境ではなかった。それでもまたホテルから20分ほど離れた安い温泉にやって来てそこでぼんやりできた。無料休憩室のテレビでは24時間テレビが流れているが、誰もいない。静かなようなやかましいような。まあ、うまくはいかないものである。
●そして、ホテルに戻る。
不在者投票
●明日から少しだけ遠出をするので、万が一明後日、帰りが遅くなってしまうかもしれず(でも、今明後日は雨だと知ったわけだけれど)、昼休みに不在者投票に行く。
●まあ、小選挙区・比例代表は当然としても、問題は裁判官だ。これ、まったく意味ないと思う。まあ、断固としてこの人は×を付けなければならないという考えを持っている人も中にはいるかもしれないが、対象となる裁判官やその仕組みの成り立ちから考えても、ナンセンスな制度だと思う。そこで行ってみてわかったのは、これ返却することができるということだ。で、わたしは上記のような考えから返却という選択をする。
●みなさんも、明後日が雨で嫌だったり、出掛けたりするなら、明日のうちに不在者投票へどうぞ。
●夜遅く帰ってすでにはじまっていた『20世紀少年〜もうひとつの第二章』を観る。「さてと、しんよげんのしょはどれぐらいすすんだかな」の声。あと新たに追加されたシーンのメガネ。地球防衛軍のバッヂで疑われたナショナルキッドのお面をかぶった男の子が…。これが意味するものは…。すべては明日わかる。にしても、ヤマネ役の小日向さんの死にっぷりは見事だった。
順調に帰国
- 2009-08-27 (木)
- 雑記
●帰国。全てが順調に帰国。いつもとあえて変えたのは熊谷に着いてから、バスで帰ったことだ。駅から170円で帰れるんだ。
●日本に帰ったと実感するのは、やはり日本のテレビを満喫できることだ。ただ、明日も仕事だった。気分を切り替えて、明日を乗り越えよう。
GFW
- 2009-08-26 (水)
- 中国
●今日は普通に帰国準備。今回は靴もそこそこ直ったし、いっぱい歩けたし、ゆっくり日本人とお話ししながら食事もできたし、本も一冊読み終えた。ただなあ、本についてはもっと持ってくればよかった。明日帰りに読む本がない。成田で購入しないと。
●中国ではGFWという検閲があり、twitterもyoutubeもあるいは、最近有名になっているfacebookなども使えない。twitterも少しずつ呟きはじめていたのに、慣れてきた頃に駄目になる。ただ、あるサイト上に使われていたtweetboardは、何かいろいろな事情で見られるようだ。しかし、このサイト用のBoardを作るには一度twiiterにアクセスしなければならない。そうか、結局、見るだけか。投稿はできないんだろうな。まあとりあえず帰国したら付けてみよう。youtubeに関しては動画が駄目というわけではなく、中国製の動画サイトはちゃんと見られるようになっている。twitterも中国製のそっくりなサイトはそのままある。
●さらにiPhoneも3Gと3GSの中国版が1、2ヶ月内に発売される予定だが、こちらも「Wifi機能がない」など非常に偏った構成になっているみたいだし。でも、結局のところそれも改造されてしまうんだろうなあ。ソフト的なロックで、すぐに外せるようにAppleも仕掛けておけばいいと思うのだが。
●準備もほぼ完了。日本はまた新型インフルエンザが騒がれているらしいし、気をつけなければ。あと選挙もある。20世紀少年最終章もある。いろいろ忙しい。
時の流れを改めて感じる
●昨日はよく眠れたので、頭もよく回る。データベースの方も少しずつ解決策が見えてくる。
●夕方。今日は早めにあがらせてもらって、久しぶりに日本人のMさんと食事。もう7年以上前になるだろうか、このサイトをきっかけにメールをもらい、夫婦で一緒に食事をしたのだった。
●それから歳月は流れた。HDDに残された当時の日記を読み返してみるとわたし自身、かなり荒れている。それはともかく、なにもかもクラウド化されていく中で、こうしたネット接続環境が整備されていない我が家のような場所では、Web1.0の世界は貴重だと改めて思う。そんなこんなでここ数年、わたし自身も、ネットの世界も、演劇界もかなり変わった。
●で、久しぶりに大連でゆっくりと会話をしながらの食事だった。普段は行ってない日本料理屋も開拓できた。
進まず
- 2009-08-24 (月)
- 雑記
●やや頭が重い。システムのことを考えるが、これといってなかなか成果の出るような進み方をしない。何かもっと根本的に考え方を変えたほうがいいんだろうか。一向にゴールが見えてこない。しかも、基本は同じなのだけれど、3種類のパターンを持ったシステムのそれぞれのことを考えてしまうから、前に進まない。それぞれ特化した形になっても、一つずつ前に進めるしかない。FileMakerでのシステム作りの話である。うーん、困った。
●昼休み、ワイヤレスキーボードの単三電池(eneloop)が切れてしまい、充電器は持ってきていないので、仕方なしに近くの小さな商店まで買いに行く。いい天気。のどかだ。
『国境の南、太陽の西』読了
- 2009-08-23 (日)
- 読書
●今日は昨日とはまたうって変わって晴天。ただ風は涼しい。秋の風。日差しはまだ夏のままだ。もう一度簡単な洗濯物を回して干してから、外に出る。海辺に向かって歩く。今日は先月と比べるとだいぶ海が満ちていた。しばらく日陰でぼんやりしていたが、やはりそこでしばらくぼんやりしていた海辺の家族の赤ちゃん(お母さん曰く5ヶ月)をあやしたりして、また街に戻る。その途中、右の3つの写真の猫たちに会う。いや、実際にはあと2匹会っているが、写真を撮れなかった。開発区も随分猫が増えた。
その後、ゲームセンターに行って時間とお金を使い、特別これといった満足感もないまま、近くで珈琲を一杯飲んでそのまま帰る。だいぶ日に当たったせいか、軽く頭痛の兆し。
●で、家に帰って『国境の南、太陽の西』を読了。Wikipediaによれば『ねじまき鳥クロニクル』の第一章の第1稿を推敲する際に削った部分を基にしてできた作品らしいが、その片鱗らしき者は前半に感じられていた。ただまた別の「物語」である。あと、これは中国語に翻訳されたものも購入してあった。ああ、そうだよ、せめてそれをもってくればよかった。そしたら同時に読み進めることができた。
●いずれにせよ、あと未読の『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』と『ダンスダンスダンス』は読み終えてしまおう。ただ、『ダンスダンスダンス』を読む前に、「羊三部作」も読み返したい。これらを読んだのも浪人時代の18の時だ。当時大宮で一人暮らしをはじめたわたしは『1973年のピンボール』に触発され、しばらく大宮のゲームセンターのピンボールを一人黙々とやっていた。もうかなり前のことのようにも感じられる。
そして、そのあと『1Q84』である。今年はそんなわけで世の中と同じく村上春樹ブーム。どの長編のタイトルを見ても、その世界に引きずり込まれるように思い出すことができる。あと、河合隼雄氏との対談の文庫『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』もあった。それを再読したい。また考えるべき何かそこにあるような気がする。
街を歩く
- 2009-08-22 (土)
- 中国
●昨日とはうって変わって曇天。風もあり、涼しい。一通り洗濯だけして、こんな日は外を歩こうと決める。台所の外では、どこかのおばちゃんたちが生け垣の陰に野菜や花を植えて小さな畑を作っているし、落ち着かないし。
そんなわけで、しばらく街を歩く。日光に行った際に靴のかかと補修部分が壊れたので、鞄を修理してもらったおばちゃんの所に行ってみるが、ものすごく忙しいという。待ってもよかったのだが、換えの靴もないし、とりあえず明日また行くことに。昔済んでいた花園別荘(家の中でも息が白かった恐怖の家だが)今はすっかりなくなり高層マンションができている。前からだろうが、改めて気付いた。
●で、しばらく歩く。歩いていると、いろいろと思いつくことがある。すぐにiPhoneの「メモ」にメモ。グングン歩く。できるだけ知らない道を。ふいに知っている道に出ると頭の中で地図が繋がるものの、おそらく同じように歩けと言われても歩けないだろう。
●その後、足が疲れたので、足マッサージでほぐしてもらう。足マッサージのこの気軽さはなかなかいい。身体も鍛えなければとふいに思い立つ。まあ、結局今までは続いてないんだけど、いかんせん体力が落ちている。疲れにくい身体を作ろう。さもないと、これからもっといろんな方面で忙しくなる。
●そして、今はまたスターバックスだ。今日は意外と空いている。あとは帰ってまたDVDでも観よう。
●そうそう、昨日の夜観た『夜・店 One Night in Suprtmarket』(2009年/監督・楊慶)はなかなか面白かった。スーパー(というかコンビニ的な)深夜勤務の時間帯でのワンシチュエーションものだが、漫画的な荒唐無稽さをMTV的な撮影方法で仕立て上げている。Photoshopとかかなり使ってる印象。
投企
- 2009-08-21 (金)
- 中国
●そして、さらに昨日まで3日間の話を続けるならば、ハイデガーの「投企」という概念に繋がる。「投機」ではなく「投企」。「死」を意識した上での生き方、あるいはここに存在することの意味を改めて問うことでの生きる意味の再構成。
人生における「死」でなかったとしても、はじめたものはいつか終わる。その終わりを意識して今の状態をどう捉え、その意味を再構成できるか。そのことが重要だ。
●さすがにこのペースで書き続けるのも疲れてきたが、改めてハイデガーを読もうと思った。今回は持ってきた本が少なく、帰国前に読み終わってしまうことを恐れてなかなか読み進められない『国境の南、太陽の西』だ。
●今月の大連出張ももう半分が終了。なかなか夜は寝付けない。どうも蚊に食われているようだ。あと微妙に蒸し暑い。とにかく明日は休み。しっかりと休もう。
市場原理とものづくり
●昨日の日記の続きだが、これは経済の社会にも同じことが言えるし、先日浅草で杉田さんが話してくれた芸能事務所と経済のバランスも同じことだ。つまり、芝居に味があるとか、こういう動きができるから面白いとかいう経済的に不合理な考え方は、「金」にするための芸能の世界では徹底的はじかれる。いわゆる「商品としてのスター」がいれば面白くなくても作るのだ。それが市場原理主義(いみじくも自民党のマニフェストが仮想敵として挙げたもの)。
だからこそ、見学者は「損得」ではなく、やりたいことをやらせてもらっている。あるいは、経済的な「特」にはならないが、人間が生きていく上において必要なことを考える。もちろん、物事はそんなに単純ではない。
●芝居をプロデュースするという視点で考えたときに、あるいはこの劇団は何がしたいんだという視点で考えるとき、いろいろなフレームがあるだろう。
1,手段はどうあれ、市場経済の論理に乗せることが最終目的である。
2,経済の論理(ニーズに合わせて)に乗せた上で、つくりたいものを少しでも入れる。
3,つくりたいものをつくった上で、結果として市場経済の論理に乗る。あるいはニーズを生み出す。
4,最初から経済の論理を捨てた上で、つくりたいものをつくる。
これらが複雑に絡み合っているが、それを踏まえた上で、その芝居があるいは劇団の表現が成功しているのか、失敗しているのかは初めて語ることができる。
たとえば、野木さんのパラドックス定数などは、ある種の特殊性を濃密な空間を溢れ出る言葉の洪水で埋め尽くすことで、それがそのまま特殊性となり、結果的に経済の論理の上にも乗る形ができると思う。求められた条件の上で最適解としての台本を書くという彼女の職人性というか、そういう資質的なものも強く影響しているだろう。あるいは直接会っていないが同じく劇作コース後輩ではすでに商業ベースの舞台を黙々と書き続けている者もいる。それもまた同じく職人性だろう。つまり、求められるものが作れるかどうか。求められるものを作ることに喜びを感じられるかどうかだ。
●見学者では4の立場をとってきたわけだし、「ライフワーク」という言葉が便利だから今は使っているが、結局、ここで作ること、あるいは書くことは根源的に生きることそのものだと言ってもいい。もちろん、しかし、単なる垂れ流しでいいと思っていない。ただ、いろいろな外的条件や内的条件が重なり合ってわたし自身は職業作家にはなれないし、ならない。そういう立場だからこそ書けることがあるはずだし、その視点でのニーズもあると考える。
●経済の世界は断固としてここにあり、われわれは勤労の義務を果たすことを求められる。しかし、内田樹さんが『下流志向』で書いているように、今の人たちは既に(わたしを含めた団塊ジュニアの世代も)「生産の立場」からではなく、「消費の立場」から入っている。しかし、いわゆる戦中派とか戦後まもなくの世代は確実に「ものを作り、売る」ことが最初にある。だからこそ、そこに断絶があり、相互理解を難しくする壁がある。そこに、ニートという言葉が生まれ、認識が生まれ、存在する。そして、消費が前提となった世界で消費される商品を作ることの難しさを、彼らは最初から気付いている。一方で作ることの喜びを知らない(最初から諦めている)とも言える。かつては3のような立場で何を作っても市場があったから、自ずと作りたいものを作れば市場ができた。いまとなっては市場も溢れ、4のような立場の人間も増え、そこに多様化した極めて小さな市場がいくつもできあがる状況となった。
ときどき来る営業マンがかなり市場原理主義的な発言を再三わたしに語りかけるが、もうわたしに話しかけないでもらいたいと思う。芝居の世界も商品作りの世界もある意味では同じだ。何しろ、社員も役者も「ものづくりの喜び」を味わうことは非常に重要なのだ。
●いずれにせよ(と、唐突な切り上げ方だが)鍛えなければならない。あらゆる方向から。
選挙戦開始
- 2009-08-19 (水)
- 社会
●ここであまり政治的な問題に触れることは避けていたが、特別意図的に避けていたわけでもなく、ただ触れるに値しないだけだったわけだが、今回の総選挙に関してはどうしても考えざるを得ない問題がある。
数年前、民主が自民への対抗馬として現れたところで、あるいは無党派層と呼ばれる人たちが指示を得始めたのも同時期だろうが、圧倒的に政治の世界はわたしたちの現実の世界からかけ離れたところで、損得を基準にあちこちで判断がなされていると感じられていた。もちろん、そういう基準があっていいし、会社の中でももちろん「損得」を基準とした判断というのは数多くあり、それがビジネスのベースをなすものであることは否めないが、もちろんそれだけではない。
●話を元に戻せば、自民離れは単純に構造の透明化を求める動きであり、議論すべき問題は、今は「損得」ではない。つまり、構造さえ透明化されればいい。あるいは「損得」の構造を変えることで、見えてくるものがあればそれでもいい。
政治家と官僚の間で働く判断の構造が国民に見えるようになるか、そこからでないとつまり選挙そのものが本来の意味をなさない。だからこそ、投票率が落ちれば、得をする人たちだけが投票するから自民が自然と勝つ仕組みになっている。そう考えているのはおそらくわたしだけではないだろう。
●そして、これは団塊の世代以前からそれ以降への「引継ぎ」でもある。いわゆる論理的思考のないところから論理的思考への変換をすることで「引継ぎ」は行われる。自分がやっている仕事の棚卸が必要なのもそのためだ。暗黙での損得勘定をそのままにするのか、構造を変えるのか、それによって社会はどう変わるのか、その継承の問題でもある。今回はそういう意味でも棚卸の時期に来ている。だからこそはっきり民主党には言っておきたい。現状の構造をはっきりとしめす使命がある、と。そのための方法はいろいろある。自民党にそれはできないことはこの40年以上の歴史の中で明らかとなっている。かつてのあった村山内閣時代も所詮は自民が二つに割れただけに過ぎないし。あるいは、今も個別に党内にそういう人間がいることはいるが、極言すれば、それはカモフラージュに過ぎない。一方小泉政権があれだけの支持を集めたのは、自民・民主ではなく、構造に焦点を当てたからだ。郵政民営化の様々な角度からの損得による失敗の判断も、その事象の一点を取り上げているだけだ。「自民党をぶっ壊す」と言って、その後、安部晋三・福田康夫・麻生太郎、東京都議会線でもそれはある程度証明され、事実上ぶっ壊れていった。しかし、まだ本当の意味で壊れてはいない。壊しながら作る。
●そういうわけで、もうはじまる前からわたしの中では結論は決まっている。目先の損得ではない。人口が大幅に減っていき、価値観も多様化したこれからの日本にとって必要なものは何か。改めて考える時期にある。
先送り
●会社の社員で頼まれていたのはピップのマグネループ。中国では188元とか200元とかで売られているが、Amazonで購入したのは115元程度。もちろん、社員に頼まれて購入しているので、そんなに高くは売れない。しかし、Amazonで買えば、いずれにしてもクレジットカードを使うので決済がずれる。8月は一時的に良くなっているように感じるが、9月には一気に引き落とされる。この気持ちの悪さ。自分のために買った物ならわかるのだけれど、時差のある両替というか、借金みたいで気持ち悪い。というか、クレジットカードってそもそも借金だよなあ。iPhoneも月額で購入しているし、それも一つの借金だ。うーん、いやだよ、借金は。
借金とは「問題の先送り」に他ならない。いやだいやだ、問題の先送り。自分で先送りしたものを自分で解決できるうちは、それも一つの方法だ。だから、iPhoneを月賦で払うことには抵抗はあるが問題はない。自分で最後まで払いきれるからだ。
●うーん、他にもいくつか考えることがちらほら出てきている。今度の総選挙のこと、損得のこと、レヴィナスと村上春樹のこと、演繹法と帰納法のこと、ハイデガーのいう投企、あるいは主体性のこと。脳がいい方向に回転しはじめた。創作への意欲と仕事への意欲が同時に湧いてくることは滅多になかったが、いまは同時にそれが出てきている。この感覚を忘れないように思いついたことをメモしつづけ、そしてまた書きながら考える。ということで、これらのことは随時。
忘れ物でも出発
- 2009-08-17 (月)
- 中国
●大連に向け出発。
●忘れたモノがいくつかあることに気付く。
システム手帳とMacBookの電源。駄目だな、休み後の出張はリズムが取り戻せていないのかもしれない。交感神経を働かせないと。MacBookの電源は会社に一つあるので、それを毎日自宅、あるいはホテルに持ち帰ればいい。システム手帳もiPhoneがあるいまなければないでなんとかなる。予定はすべてiPhoneとMacのiCalで管理しているし、いわば、ノートとしてのシステム手帳だ。そうか、そういう位置づけのノートを来年は考えよう。
会社や創作に関する思いついたメモも含め、会議の議事録やデータベースの構想も含め、すべて一冊のノートで持ち歩ければそれに越したことはない。何しろ手書きで書くことで見えてくることがある。
●成田空港に到着したが、チェックイン時にすでに一時間遅れであることが告げられる。
●到着後、日記を更新できるかどうか不安なので、念のため、成田空港で。
●で、会社に着いた。こちらは雨も軽く降っていて涼しいくらいだった。
準備
- 2009-08-16 (日)
- 雑記
●朝10時、廃品回収車のアナウンスで目を覚ます。天気がやたらいいので、明日の準備も兼ねて洗濯をする。洗濯機合計4回回しただろうか。布団も干してだいぶ日に当てることができた。気持ちのいい休日である。
●夕方、少し外に出て、出張に持っていくための珈琲などを購入。
●夜はPSXに溜まったテレビ番組をまとめて観る。また10日間溜まってしまうのでいまのうちに見ておかなければならない。
●準備もほぼ万端。だと思う。
TBACCHI『カラフルヒップ』を観る
- 2009-08-15 (土)
- 観劇
●数日前の日記にも予告したとおり、『次の出発』に出演してくれた戸田さんが作・演出する『カラフルヒップ』を観に行く。昼の回に行こうと思ったが、準備時間が足りず、結局、夜の回になった。
久喜まで車で1時間ほど移動し、その後、東武伊勢崎線で浅草まで直行。

●舞台のほうは、場面転換や衣装、ヘアスタイルも格好良かった。明日まで。是非。で、そこで戸田さんにはもちろん、同じく『次の出発』メンバーの杉田さんと渡辺(さ)さんと会った。帰りにお茶を飲んで、そのまま二人が行ったことのないという浅草寺まで歩く。夜の浅草寺もなかなかどうして趣深い。

●それぞれ進む方向は少しずつ違えど、わたしも何とか頑張らなければならない。毎度のことながらそんなふうにみんなに会って感じさせられた。
日光へ
- 2009-08-14 (金)
- 見学
『スプートニクの恋人』読了
●昨晩は顎の辺りを蚊に刺されたようで、痒くなって2時半頃に目が覚める。それからかゆみ止めを探すために身体を起こすと、目が覚めてしまって、枕元で少しずつ読み進めていた『スプートニクの恋人』を読み進める。ほぼ最後のほうまで。
で、今日は仕事最終日。帰ってから、読了。このまま作品を遡っていこうか。ただ『風の歌を聴け』からはじまる初期の作品群(鼠三部作)は以前、たしか19くらいの時に読んでいる。しかし、あらすじを思い出そうにも思い出せない。
とにかく手当たり次第に村上作品を読んでいこう。そして、読み切ったところで『1Q84』を購入して読めばいい。
●で、いろいろと村上作品からの影響を感じる部分もいくつかある。
●ただ、ここもまだ通過点。いつになったらわたし自身が何か書けるようになるだろう。自分のために作ったWikiにはまだ3つのキーワードしか書かれていない。結局、わたしはわたし自身をとおして見る現実の風景から、何をピックアップし、何を重要視し、そのうちの何を優先的に考えているかで書かれるものは決まってきてしまうだろう。
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