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2008-12

2008年の終わり

●年をとるにつれ、一年が経つのが早く感じるとはよく言うことだが、まったくもってそのように感じる。
●今年を振り返っても、見学者的なことはなにもできなかった。個人的には歯を治し終わり、メガネを直し、体重も落とし、健康面でのメンテナンスに集中し、あとは一年間仕事に追われたようだった。また一年の四分の一は大連にいたし、日に日に責任は重くなっていき、後半には体重のこともあまり気にしなくなり、結局ストレスで身体も重くなり80kgまで戻ってしまった。
●いろんな面であまり器用に自分のモチベーションをコントロール出来なかったようにも思う。2009年こそは邪念を断ちきる想いでもう一度初心に戻ろう。

テレビ三昧

  • 2008-12-30 (火)
  • TV

●結局、テレビ三昧。
●妻に作ってもらったおでんを昼までに食べきったので、夕方弁当を買いに出かけたくらいで、あとはずっと家でテレビを見る。自分でも嫌になるけど。そういえば、去年は一人の上にさらに風邪をひいていて、さんざんな年越しだったが、今年こそは何とかしなければと考えているのだった。
●最後は今年も『朝まで生つるべ』。
 非常に幸せなことだけれど、やはり自分自身のモチベーションを高める何か目標を持たなければ駄目だ。仕事のことだけでなく、やはり何かしら舞台のことを考えたい。

羽田へ

  • 2008-12-29 (月)
  • TV

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●妻を送って羽田へ。さすがに年末の帰省で混んでいると思われたが、早めに出たせいか、それほどでもなかったわたしが帰る11時頃になって人が増えてきた。帰りに浜松町で仕事絡みの文庫本を2冊とMacの雑誌を2冊(まあ、これも30%は仕事)を購入して、帰りの電車で熟睡して帰宅。
●仕事には手を付けず、じっくりと考える時間にあてる。そして、テレビを見る時間にあてる。年末年始、どれだけテレビに依存しないかがカギなのかはわかっている。

GRIFFIN[Clarifi]、髪を切る

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●たまたまYahooオークションで見つけてしまったので、入札していたら落札していた。現地アメリカから直接買うと運送費などの関係もあってやたらと高くなるらしいのだけれど、円高の影響はこうした場面では有効である。これで来年は名刺をもらったらすぐにiPhoneで撮影し、画像として保存しておける。わたしは仕事場ではひとところにいないので、その度にすべての書類を持ち歩くわけにはいかない。一緒に動くのはMacBookだけなのでそのなかにデータを入れておく必要がある。基本スタンスがそういうことになっているので、このケースは最適な選択だと思う。ケースはこれで3代目だがしっかり外側もガードしてくれるし機能的だし、しばらくはこれで行きたいと思う。
●昼間、いつもの場所で髪を切る。冬なのでいつもより長めに。

仕事納め

●仕事納め。自分の仕事が納められたかどうかは別として、とりあえず会社としては納めなければならないので、何とか納める。しかしながらわたし的に仕事が年末年始も個人的に続くことを考えると、あんまりおさまった感がない。
●家庭内的に何にも年末らしいことが出来ていないことも関係があるのかもしれない。

ありがとうピンター

 ハロルド・ピンターさん78歳(英劇作家、ノーベル文学賞受賞者)英メディアによると、24日に死去した。妻で作家のアントニア・フレーザーさんが明らかにした。数年前からがんを患っていたという。

 1930年、ロンドンでユダヤ系の洋服仕立屋の家庭に生まれた。演劇学校で学んだ後、舞台俳優として活動しながら詩や小説を執筆。57年に初めての戯曲「部屋」を発表、他に「バースデイ・パーティー」(58年)「管理人」(60年)「誰もいない国」(75年)などの作品があり、日本でも上演されている。05年にノーベル文学賞を受賞した。

 現実のとらえ難さを描く不条理劇の手法を確立し「20世紀後半英国の最も偉大な劇作家」と呼ばれた。ノーベル文学賞の授賞理由では「日常の何気ない会話の奥にある危うさを暴露し、抑圧された物事の本質に迫った」と評価された。反戦活動家としても知られ、病気で欠席したノーベル賞授賞式での録画演説でイラク戦争(03年)を巡る米英の対応を激しく非難した。【欧州総局】

●ピンターが亡くなった。
●もう一度、ピンターの戯曲や映像台本、エッセイも含め、読み返そう。

帰国

  • 2008-12-25 (木)
  • TV

●飛行機はいつもより早く、小さな機体の前方にギュウギュウに詰め込まれて、飛び立った。ここ数回、前の座席の人はリクライニングを倒すし、後ろには大概子供が座っていて、後ろからどんどん叩く。まあ、早めに到着したので助かったけど。
●さらに空港からはバスで帰るわけだが、年末だからか首都高が混んでいる。30分から60分くらい遅れただろうか。バスの移動は荷物が預けられて便利なのだが、iPhoneや本を見ていると酔うので、時間が長くなるとかなりしんどい。
●日本に帰ってまず見たかったのはM-1グランプリ。録画してあったものを見る。島田紳助の何か狙いがちょっと見え隠れする感じがちょっといやらしく感じる。

帰国準備

●今年大連での最後の一日。帰国準備。世の中は不景気の中のクリスマス・イブだが、まったくそんなことは感じられない。そんな話をいつも書いている気がするが、中国でもそれらしい風習が最近はじまっているようだ。包装されたリンゴとオレンジを買って食べるということだが、リンゴは安定した生活を祈願して、オレンジは祈願成就ということらしい。客先でそんな話を聞いてそんな話は初めて聞いたと思ったが、帰り道に道ばたで売っていた。
●それにしても今回は短い上に、年末の挨拶も重なっていつもより立て続けにいろんなことがあり、やたらと忙しかった。気が休まる暇もなく、また日本での忙しい日々が始まる。すぐに年末になるが、年末年始も1人でコツコツ仕事をする予定だ。2,3日休めればそれでいい。いつものペースで考えるとただただテレビを見て過ごし、ダラダラといつのまにか夜型に変わって、頭が痛くなるだろう。そんな予測が出来ているので、何とか昼間動く予定をつくりたい。
●そんなことを考えつつ、帰国準備も完了。早く寝ないと明日起きられなくなる。

左がわ

●ここ数週間のことだと思うのだけれど、左がわから振り返れなくなっている。右からの振り向きは可能なのに、左からの振り向きがまったく駄目だ。しばらくは寝違えたりしたのかとも思っていたが、昨日の按摩でも一時的に良くなったと思っても、またすぐに駄目になるし、もうちょっと根本的な何かがおかしくなっているのではないかと思い始めてきた。しかし、あまり原因として思い当たる節がない。
●さらに今日は労働争議的な話もあって、頭が痛い。基本的には労働法で定められたとおりに行うばかりであるが、勝手な解釈をしての言いがかり的なものも中にはあるので、それを正すのに労力を使う。
●往々にして、中国でも日本でも、「自分の仕事はここまで」という発想がある。これについて、2008年12月20日の内田樹先生のBlogにはこう書かれている。

「仕事」には「私の仕事」と「あなたの仕事」のほかに「誰の仕事でもない仕事」というものがある。そして、「誰の仕事でもない仕事は私の仕事である」という考え方をする人のことを「働くモチベーションがある人」と呼ぶのである。
道ばたに空き缶が落ちている。
誰が捨てたかしらないけれど、これを拾って、自前のゴミ袋に入れて、「缶・びんのゴミの日」に出すのは「この空き缶を見つけた私の仕事である」というふうに自然に考えることのできる人間のことを「働くモチベーションのある人」と呼ぶ。
別に私は道徳訓話をしているのではない。
私が知る限り、「仕事のできる人」というのは、例外なく全員「そういう人」だからである。
ビジネスの現場において、「私の仕事」と「あなたの仕事」の隙間に「誰の仕事でもない仕事」が発生する。
これは「誰の仕事でもない」わけであるから、もちろん私がそれをニグレクトしても、誰からも責任を問われることはない。
しかし、現にそこに「誰かがやらないと片付かない仕事」が発生した。
誰もそれを片付けなければ、それは片付かない。
そのまましだいに増殖し、周囲を浸食し、やがてシステム全体を脅かすような災厄の芽となる。
災厄は「芽のうちに摘んでおく」方が巨大化してから対処するよりずっと手間がかからない。
共同体における相互支援というのは要するに「おせっかい」ということである。
最初に「災厄の芽」をみつけてしまった人間がそれを片付ける。
誰もが「自分の仕事」だと思わない仕事は「自分の仕事」であるというのが「労働」の基本ルールである。
たぶん私の言葉は現代日本人の多くには理解できないだろう。
労働者の多くと左派知識人は「できるだけ自分の仕事を軽減することが労働者の権利である」という硬直した思考にしがみついている。
私は実際にそう公言した人間を(大学の教師の中で)たくさん出会った。
彼らはこんなふうに考えていた。
自分は「収奪された労働者」であるから、「労働者を収奪するシステムがクラッシュしても、それは労働者の責任ではない。むしろ、労働者を収奪するシステムの瓦解を加速するという仕方で、私は革命的に行動しているとさえ言えるのである」
そんなロジックで彼ら彼女らは自身の怠業を正当化していた。

●確かにわたしもややもすると左がわの考え方で、「できるだけ自分の仕事を軽減することが労働者の権利である」というふうに考え、会社として彼らの仕事を軽減しようとも考えてしまいがちだ。しかし、そうではないのかもしれない。常識的にそこに発生した問題に気付いたところで取りかかるということは、必要最低限のことなのだと、そう考えるべきだと、改めて考え直すのだった。

按摩へ

●開発区内は1、2cm程度だがそれなりに雪が積もっていた。それがまた舞い上がるように飛び上がり、そしてまた降っている。朝は少し余裕があったので、バスを降りて写真を撮ったり。余裕のある朝は気持ちがいい。
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●午後からは日が射してきて雪も溶ける。
●それにしても、今日は一日年末挨拶。日本も大連も「どこにいってもいい話は聞かない」という話ばかりだが、やはり新たな仕事を自分で作っていかないことには前には進めない。経済の世界は非常にもろい。大手企業が駄目だと言えば、全体的にもう駄目な負に気になってしまう。100年に1度の不況だろうが、なんだろうが、それもまた「経済」というものならば、結局、そのなかで見苦しかろうがもがくしかない。
●二週間の出張のあとだと、一週間が非常に短くも感じる。とはいえ、年末で気ぜわしい感はまったく変わらない。心を落ち着けるため、按摩へ。気付いたら眠っていて、いつのまにか終わっていた。何か騙された気がしないでもないが、少し落ち着けたのでよしとする。

Woredpress2.7へ

●恐る恐る2.7アップデートをする。大連で行うのは修正時など時間がかかり、リスクが付き物だと言うことはわかっていたものの、時間があるとこういうことをしたくなってしまう。万全を期してバックアップを二重に取り、変更したWordpressのcontent内をすべてコピーして保存。その上で、Wordpress2.7を上書きする。その際、wp-config.phpはそのまま残して上書き。これで通常通りアクセスして、ログインすると、アップデートの表示に切り替わる。ボタンをワンクリックしておわりだ。
 すんなりできた。いやいや、よかった。大連にいると画像をアップロードすることが多いが、以前のバージョンではいつからかFlashアップローダがうなく使えなくなった。ブラウザアップローダからでは一つずつ選択してはアップロードという面倒な手続きが必要で、回りくどい。これもアップデートで修復された。
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●昼間外に出ると、吹雪が吹き付ける。-15度の世界を体感すべく散歩するが、さすがにこの寒い中では人もいない。DVD屋で『有頂天ホテル』や『古畑中学生』、その他中国映画をいくつか購入し、夜、家でただただ見続ける。
●そうだ、日本から壊れた靴を持ってきていたので、それを靴の修理屋に出したのだった。それもデパートの中の一角にあった。薄汚い小さな場所だが、靴の底の高さが異なる上に、歩く度にタップダンスのような音(釘がコンクリートにあたる音)がするので、安かろうが悪かろうが、今より悪くなることはないので修理してもらうことにした。1,000円くらい。
●今日も脳みそを空っぽに出来たが、やはり仕事のことがどこか気にかかる。何か喉につかえたままのような、気持ち悪さ。こんな感じで年を越したくないので、何とかしよう。

『女人不坏』を観る

●昼過ぎまで眠った。大連では久しぶりに熟睡できた気がする。今日から急に寒くなったが、家にいてもしょうがないのでまた街に出る。といっても、行く場所はあまり変わらない。
 先月から観たいと思っていた映画『女人不坏』は18:10開演ということで、外に出たもののやはり寒い。外をウロウロしては店内に入り、銀行内にいる見知らぬお爺さんに両替してもらい、ウィンドウショッピングをしたり、ゲーセンを覗いたりしているうちに時間になる。
 いわゆるジャケ買い的な映画の選択だったのだけれど、内容的には中途半端に飛んでいる感じで、映像的な処理も文字の使い方などもうちょっと丁寧にやればもっとよくなると思うのだが、しょうがないか。

忘年会その3

●大連に来てまでまたしても忘年会。これで今年三回目。毎週のようにこうした飲み会、食事会がある。年末年始である。それだけで結構体力を消耗している気がしないでもない。ただ、今年はだいぶリストラもしたし、今もその対応に追われ、中国の労働契約法を読み込まざるを得ない日々だが、そんなこんなで何というか少し空気が重い感じがしないでもないが、わたし自身も心底楽しめない。
●特に何ごともなく、終了。いつもチーズカツカレーを食べているホテルで行ったので、またチーズカツカレーが食べたくなってしまった。今回出張中に一度いければいいけれど。
●帰ってから、昨日の夜露店で購入した『崖の上のポニョ』を観る。何とはなしに見始めたら中国語字幕に気を取られながらもそのまま最後まで見てしまった。
●今日は朝も起きるのがしんどかったが、明日は休み。久しぶりにまたゆっくり眠る。あと中国映画を観に行こう。映画館へ。

大連到着

●そしてまた大連にやってきた。今回から経費削減のためHISでFIXのチケットを予約する形にしたので、空港到着後にHISカウンターに出向く。そこで往復分のチケットを受けとる。それから大連がやたらと寒いと聞いていたので(確かに週間天気予報では週末の日曜日は-15度まで下がると書かれている)、ダウンジャケットを購入してそれを着ていく。
 今日はいつもより一本早めの電車で移動したのに、飛行機がまた遅れる。最初は25分と言っていたが、なんだかんだ1時間くらい遅れた。いつもの喫煙所が様変わりしていたので、そこで煙草を吸いながらただただ待つ。
 
●そんなこんなで到着。会社の新しい運転手が空港まで迎えに来てくれている。今日はそれほど寒くなかった。熊谷と同じくらい。しかも家の中だけで考えたら圧倒的に大連の方が暖かい。「暖気」というスチーム暖房が入っているからだが、結局、風呂に入った今も半袖ででなければ暑すぎて駄目だ。
●うーん、今日は移動日だったが、電車の中も飛行機の中も何故か眠れなかった。そんなわけで夜、テレビを見てると急激に眠くなる。明日も仕事だし、早めに寝よう。

準備

●結構久しぶりな感じさえする大連出張だが、それでも20日前にはいたのだった。
●諸々準備をして、とりあえず、なんとかなったような気がする。仕事が何だか気持ち悪い状態のままであるような気がしないでもないが、やれるだけのことはやったと考えよう。ただまだまだ始まったばかり。

時間がない

●自分で自分に課した仕事が終わらない。さらに広げている。そんなわけで師走でただでさえ忙しいのに、自分で自分を忙しくしている。
●そんなわけで、どう効率的に仕事をやっていくか、今年最後の大連出張も年末に向けてある関係上、日本での仕事にリミットがあることがさらに追い打ちをかける。個人的には延々と地続きでやるよりも、そうした外的リミットがかけられているほうが張りがでる。まあ、それも結局自分でどう作るかだけの話なんだけど。

次のこと、Webの

●今日は早めに家に帰る。朝も早かったので。家に戻ってから、少しだけ見学者のためのWordpressを考える。
 たとえば、「見学」のためのGoogleMapとの連動はもうすでにありきたりなものになってしまっているようにも思うが、いつかはやりたい。
 あと、まとまったテキストを公開するときにはやはり普通にHTMLで書いたほうがいいかもしれない。バックアップにもなるし。レイアウトを替えることで、また文章も変わって見えてくることがあるし、それをローカル状態で見れることがいいと思う。
 それからなにはともあれTOPページも何とかしたい。そして、やるべきことを絞ろう。シンプルにもっと削っていく。
●とりあえず、体力を消耗して出張前に風邪をひかぬよう今日は早めに寝る。

トルストイとドストエフスキー

ドストエフスキーとトルストイ
バフチンは「ドストエフスキーの詩学」において、ドストエフスキーとレフ・トルストイの文学の明確な差異を、画期的なポリフォニー論などによって示した。
ドストエフスキーの文学においては、上記のように客観的に叙述し得る単一的な真理は存在せず、各人の思想が否定されずに尊重される。各登場人物は、作者ドストエフスキーと同じように、1人の人間として思想や信念を固持する権利が与えられている。それはすなわち人格の尊重である。ところがトルストイの小説においては、しばしばトルストイの考えに登場人物が近づくことが、真理への到達と同視される。そしてトルストイと反対の意見を持つ人物は、しばしば自己完成からは程遠い人物として描かれるのである。バフチンはこれをモノローグな構成として批判した。(Wikipedia ミハイル・バフチンより

 という話がまずあって、いや、そもそも「管理とは何か」という話なのだけれど、まあ、英語で言えばコントロールなわけで、そもそも経済活動も含め、ある種「コントロールできる」という思考が前提としてある。わたしは見学者ではとことん万物の事象は最終的にコントロールは出来ないという立場でものをつくってきたつもりであるが、こと会社の仕事のことを考えていくと、あるいは管理者の仕事ということを考えていくと、コントロールを前提条件として外すわけにはいかなくなる。「制御できないデンジャーを制御できるリスクに変換する」とは内田樹先生の言葉だが、またデータベースのような非常に0/1の世界のことを考えていると、いよいよ管理とは何か考えざるを得ないのだった。
 もちろん、二分法も「0/1」から「00/01/10/11」、「000/001/010/011/100/101/110/111/」というように倍々に増えていくわけで、思考法をそのように倍々に増やしていけば、不特定多数のデンジャーもリスクに変換可能ではないかと考えないわけにはいかない。
 つまり、経済活動を行って行くにあたって、もちろん会社の安定・社員の安定生活を考えていけば、「なんだかわからないけど、たぶん大丈夫だ」という根拠のない自信は、それは、管理ではない。「こうすればこういう危機が訪れる可能性があるが、こう対処することでそれをカバーする」という筋道を立てなければならなくなる。
 おそらくそうした思考ばかりをしていると人間としてはかなり貧しくなる可能性がある。わたし自身は少なくともそう感じている。しかし、同時にこの不安定な世界の中で安定した収入を確保するためには、その責任が各人にある。そしてそうする人たちを守る責任がわたしには付いてしまった。こうすればこうなるのではないかと推論を出すことそのものは面白い。その面白さを楽しみながら、今はその責任を全うすべくやるしかない。

消失

●Wordpressのアップデートにはいつも悩まされる。2.6にアップデートした際にこの日記のデータがほぼ消滅し、データベースから何とか手書きで修復したのは、まだ最近のことだったように思うが、同じような、2.7へのアップデートが出ているので、つい気軽にエクリチュール・オートからやってしまったのが失敗だった。たとえば、まったく機能していないトップページからやるべきだった。つまり、SQL内のデータベースを新たに上書きしてしまったために消滅してしまったのだった。こうなるとバックアップは何もない。あのときよりひどい。
●約10年間の一日一文字の記録がこんなふうにして消えるとは。向いてないのかもなあ。こうしたデータベース的なものを扱う適性として。
 一つの企画が終焉を迎える。いや、自分的には過去のデータがあろうがなかろうが、続けるのだけれど。いつか何らかの形でまた皆さんの前に復活させられたらと思う。そんなわけで、Wordpressのアップデートは恐くて仕方がない。とりあえずこちらの日記はすぐにバックアップとして記事をエクスポートしておく。SQL全体もバックアップ。
●なにはともあれ、かといってあまりショックがないのはどうしたことか。トップページの更新もそうだけれど、かなりモチベーションが落ちている。年末・年始になるとそろそろ何か新しいことをと考える時間が増えてくるのだけれど、見学者としてやりたいこともそろそろ絞らなければならないのかもしれない。もっとシンプルにとりあえずやれることをやろう。もちろん、日記は続けるけれど、まあ、この日記を続ける意味も含めて、改めて考え直す時期に来ている。見学者の新たなスタートと存続のためにも。
●で、まあ、やはり何だかんだと未練はあって、いろいろ調べていくとキャッシュやら過去のバックアップやらで100%本文は復元できた。そんなわけで、ここで潔く一行日誌のみをやめることにして、本文のみでただただ一文字ずつ更新していくというスタンスに切り替える。これもそういう定めだろう。

忘年会その2

●本日は少人数で焼き肉。そのうち半分は家族だし。お酒のない忘年会でとりあえず肉を久しぶりにしっかり食べた。
●夜、戻ってきて一度頭を空っぽにしようと思った。仕事の面ではやるべきことが山ほどあるが、あまりにありすぎてパンクしそうな状態。そうした状況も踏まえて、何も考えないことにしたかった。しかし、頭が動いて止まらない。そういう状態の時は、ちょっとしたことでもイライラする。
●実際、昨日の夜もようやく午前1時に眠りについたが、3時に目が覚めてしまい、そのまま6時まで眠れなかった。朝ニュースを見ながら6時から7時までもう一度眠り、少し早めに家を出て仕事。うーん、仕事、仕事、仕事。
●話が前後しているが、夜、戻ってきて倉光の作った映像作品用のテキストを読む。わたしには書けないある種の雰囲気のあるテキストだった。それについてあれこれ語りあう。そんなことを考えているとまた頭がリフレッシュされてくる。

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 ロムとその日本料理屋で飼われていたアサヒ(オス・現在北海道にいると思われる)との間に生まれた娘猫。

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