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舞台 Archive

『ジャパニーズ・スリーピング』リーディングを観る


●初の高円寺。あまり降りたことのない駅だった。早めに来て、街をブラブラする。
●古着屋の多い街だということなので、昨日燃えたことだし、ちょっと探してみる。しかし、わたしは古着をうまく見つけることができないらしい。猫なら見つけるけど。
●で、喫茶店で一服。
●座高円寺へ。劇作家協会のホームグラウンドとはいえ、来るのも初めて。いい。空間がいい。学ぶところがある。壁とか床とか。
●うわー。参った。今、帰りの電車の中だが、ほとんど感想も新たな決意も全部書き終えたと思ったのに、ほとんど消えてしまった。うーん、同じことは二度書けないからな。
●改めて感想だけでも。遊園地再生事業団の『ジャパニーズ・スリーピング/世界で一番眠い場所』のリーディング公演初日である。
●座高円寺にあるカフェでのリーディングということで、19:00から夕飯。ミルクとにんにくとコロッケが入っていたスープ(スペシャルメニュー)も美味しかった。
●20:00からリーディング、スタート。1時間くらい。テキストはかなり演出の自由度が高そうで、いろいろ想像できる。今から本公演は楽しみで仕方ない。よかった。そして、そのなかでも次に出されるであろう小説も挿話としてあったようで、そちらも楽しみだ。
●いろいろ刺激を受けられた。こうしていいものを観ると、仕事も生活もメリハリができる。
●新たな決意も生まれた。それについては、消えてしまったことだし、まだ公開しないことにしよう。公開したのに実現できてないこともあるからな。
●いずれにしても、何だか次に進めそうな気がしてきた。

『俺は李白じゃない』を観る

●大連は文化活動においては非常に後れを取っているが、そんななか市内の「艾书吧」という喫茶店は、大学と合同で主催し、演劇祭を行っていた。週末の土曜日に一度だけの公演だが、それが二ヶ月間近く続くとなればたいした企画である。
 写真もiPhoneでそれなりに撮影したので、随時、アップしていく(5/23追加)。この企画をした喫茶店の雰囲気がとてもいい。本もある。ここで公演するのかと思ったが、そうではなかった。そこでチケットをもらい(無料)、大連図書館へ。タクシーで10分ほど行ったところにある図書館の二階が公演場所だった。

●今日は『俺は李白じゃない』とでも訳したらいいだろうか。
 かなり堅い感じのものをイメージしていたのだけれど、さすが若手。全体を通した本としては、まあ、それほどたいしたことはないが、役者の技術的なレベルも高く、舞台上の楽しさにこだわりを感じた。暗転が多く、コントのようであった。実際、お客も笑っていたし、定番の笑いなども随所にあってわたしも結構楽しめた。
●で、そこからiPhoneのマップを頼りに駅の方まで歩いてみる。
●満州の名残を残す古い街並みを味わいながら駅前まで戻り、ブラブラ歩く。夕飯も市内でカレー。
●帰ったらさすがに情報量が多かったせいか頭も痛い。

ピンター後期戯曲群

●お腹が常に張っている状態で気持ち悪い。背中もガチガチになっている。
●『ハロルド・ピンターⅠ』『ハロルド・ピンターⅡ』『ハロルド・ピンターⅢ』がAmazonから届く。後期の戯曲がしっかり詰まった戯曲集。しかも文庫で読めるのは非常に嬉しい。

●個人的な注目は、Ⅱに収録されている『月の光』、Ⅲに収録されている『灰から灰へ』『声(放送劇)』など、『沈黙』や『風景』などにも通ずる静かで激しい詩的言語の多い戯曲だ。
 その他、後期の政治劇にはあまり明るくない。その辺もまた興味深い。
●その他いくつか会社に関わる本も合わせて購入。頭を切り換えながら少しずつ読もう。

演出をするならばという夢



●こんな夢を見た。
○別役実さんの『数字で書かれた物語』あるいは、その近辺の作品。わたしたちは大学にいた。今の年齢か、あるいはもう少し前。見学者で演出を部分的に頼まれたのだった。ただ、台詞も再構成はできない。もちろん、別役さんも観に来られるだろう。かなりドキドキした。そこで目は醒めた。朝5時だった。
●そのあとは、夢ではなくて、目を閉じてその続きを考えている感じ。どうやって自分だったら別役さんの戯曲を演出できるだろうか。それを考えているだけでもワクワクした。
 朝の仕事いい。朝こそルーティンの仕事ではなく、考える仕事をするべきだと、何かの記事に書かれていた。
●午前中は少しだけ遅めに会社へ。しかし、事務所の中が寒くてどうにもならない。手がかじかんでくる。
●夕方から外に出るが、その頃にはすでに雲も出てきて、日がかげっていた。だいぶ冷え込む。何をするあてもないが、事務所にいても寒いならとことん歩いて身体を温めたほうがいい。
 そんなわけで、荷物を置いてまた街を歩く。少し中心から外れた人の少ない場所を歩く。目的はなにもない。
●何でもいい。戯曲を書かなければ。あるいは何か書き写すだけでもいい。海外、できればそうだ、中国のまだ知られていない戯曲があればなおいいが、そういう意味でもあまり実験的な演劇は中国国内ではなかなか知る術もない。と書いてみて、そうか、インターネットがあるではないか。拙い中国語で検索を辿っていけば、何かに出会えるかもしれない。
●夜、『ありふれた奇跡』の続きを見て、『1Q84 Book3』の続きを読む。いずれもいよいよ中盤に差し掛かる。

晴天/身体のある台詞

●大連にしては珍しい快晴。掃除のおばさんたちも、朝から幾分気持ちよく仕事をしているように見える。しかし、なかなか思いっきり真っ青な空とか、満天の星とかそういった環境に触れなくなって久しい気がする。
 沖縄とかどこか南の島に行ってみたいなあ。とはいえ、南の島はわたしには縁遠い存在だ。勝手にそう思っているだけだけど。わたしはどちらかというと北の大地でうつむきながら歩いていたほうがしっくり来る。とはいえ、ときにはいいじゃないか、南も。

●で、今日の昼飯。まあ、普通に戻って良かった。一応シリーズ化しているので、こちらも。
 昼間も天気がいいので外に出るのも苦ではない。
●気付けばもう週末。金曜日だった。天気がいいので今日もバスを途中で降りる。
●新たにDVDを購入。『ありふれた奇跡』(山田太一脚本/フジテレビ)。台詞の感じが非常に心地よい。まだ第一話と第二話しか観ていないが、いい具合で無駄のある饒舌さだ。身体を感じさせる台詞というか、そういうものが意識的に入れられている。
 寝室で一人でいた父・岸辺一徳の台詞が特徴的だ。

  娘、寝室のドアをノックする

父:え? 何…?

  娘、ドアを開けて中に這入る。

父:(何かをベッドに隠して)おお。なんだ?
娘:いい?
父:いいって?
娘:今?
父:いいさ、なんだよ、聞くなよ、そんなこと。
娘:早いんじゃない?
父:そうだな、今日はな、ちょっとな。
娘:夕飯は?
父:ああ、食った。食べた。もちろん済んだ。もう八時過ぎだ。(ベッドに腰かける)
娘:外で?
父:外さ。駅ビル。天丼。
娘:へえ…。

●と、こんな感じ。この感じのドラマは貴重だ。何でもないが、丁寧な台詞運び。
●天気も良く、体調もいい。うん、いい感じだ。

ちょっとしたイメージ

●特別書くことはないのだけれど、少しずつ早めに帰れる日が増えてきたのでやや安定。
●そんななか、久しぶりに僅かだが執筆の構想が出てきたのだった。ほんの僅かなんだけれど、舞台のイメージみたいなものが少し見えてくる。戯曲を書く上では個人的にはすべてここからはじまるので、何とかこのイメージを捉えたい。
 意欲的ではありたいが、あまりあざといギミックはいらない。
●あとは根本的にドラマツルギーについてもっと考えようと思ったのだった。実際、人は場面で各自のドラマツルギーを持って動いている。それ自体をコントロールしようなどという気はさらさらなく、ただどういう背景でそうしたものを持ち始めているのか、そこに興味があるのだ。今のこの目の前に広がる世界からわたしが掬い取れるものはおそらく微々たるものでしかないだろう。それでもそこに今この時代に何かを作り、発表することの意味が自然と出てきてくれればそれでいいのではないかと思えてきた。

ダイアログ・イン・ザ・ダーク

●割りとこまめにtwiterも書いたので詳細は省くが、「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」に行ったのだった。
 1人7,000円と決して安くはないが、これはちょっと言葉にできない感動と体験を得られる素晴らしいものだった。およそ1時間半、まったく何も見えない空間のなかで、見知らぬ「メロンさん(男性)」「ともちゃん(女性)」「がっちゃん(女性)」と我々夫婦の五人。さらに視覚障がい者でアテンドをしてくれた「ひやまっち」の素晴らしいリードで何にも換えられない体験ができた。
 さて、ここからちょっとネタバレ。
 公園内での真っ暗闇の中でのボールのパス、ブランコ。縁側から靴を脱いで家に上がって探検。絵を描いたり。さらに靴を履いて、丸太三本分の橋を渡って最後はお金を払ってジュースを飲んだり。とにかくこの体験は記憶から消えないものになりそうだ。
 体験に思考が追いつかないので、まだ保留しておくことも山ほどあるが、より鮮明に思い出せるようにこうして記録しておく。
 見学者や黒沼佰見としても、「見る」ことに思考の起点を置きつつも、目に頼らない体験そのものということは重要視してきたつもりだが、完全に視覚を失った状態でも、もしかしたら生きていけるかもしれないと感じられたのは、もちろん、世界がそのなかで完結しているからだが、その先に広がる世界そのものがすべてこの優しさと温かさを軸としたコミュニケーションで構成されているならば、それはどこまでも広げられるだろう。そして、改めて見学者とこの視覚問題は考えていくことになりそうだ。
●さて、その後、一駅離れたドイツ文化センターへ。遊園地再生事業団ラボ#001『バルコニーの情景』のリーディング公演。戯曲(これは戯曲ではないという作者の注釈はあるけれど)の構造にどうしたって注目が行く作品。
 公演としての完成度は、まあ、触れないが、個人的には舞台の映像でしか見たことのなかった俳優さんがいたり、あるいは今まで遊園地再生事業団に関わってきた人たちが、客席やスタッフとしてその場に集っている状態に刺激を受けた。
 あとは今年行われる宮沢作品の新作本公演が楽しみだ。

さよなら中講堂『桜の園』


●午前も早めに起きて、早稲田大学演劇博物館で行われている「太田省吾展」を観に行く。実際、大学の企画でどれだけのものが見られるのだろうと思っていたが、『水の駅』の装置であるところの水道や『ヤジルシ』の島次郎師による美術のミニチュア。当時の台本の書き込み。刺激を受けるものも結構あった。
●で、早稲田から池袋の移動は、この際だからと歩く。ルートをiPhoneで記録に残すテストも兼ねて。twitterにも記録。iTrail
●さて、そこからは大学卒業の記憶を巡る旅。江古田の駅はすっかり変わっていた。すっかりお腹も空いたので、懐かしの洋包丁でダイナミックにスタミナ定食。やはりかなりの量。懐かしのおいしさ。
●で、大学の演劇学科の60年の歴史をもつ中講堂での最後の公演『桜の園』。演出が同期で、連絡が回って来ていたので、是非にと。出演はすでにプロとして活躍している卒業生から、同期から、後輩から、現役の演技コースの面々。ほぼ大学の中は変わっていた。残された遺跡のようにそびえる中講堂。
●公演後、大学時代の同級生と喫茶店「ぶな」で談話。マスターもお変わりなく。10年後の自分にメッセージを残すサービスで書いておく。まあ、10年経たないうちに是非行きたいけれど。
●で、もう一度大学に戻って食堂で行われている打ち上げに参加させてもらう。
 この二日間、みっちり演劇三昧の日々だった。初心も思い起こした。

地点『あたしちゃん、行く先を言って』

●正午近くに起床。あわてて支度して出掛ける。
●吉祥寺シアターへ。吉祥寺に入り、直接吉祥寺シアターを目指す。すると気分的には『次の出発』公演のさいの感覚がすぐによみがえる。そして、いまだにここを削ろうとか考えてしまう(主に削る方向で)。
●劇場は従来の客席を全て90度回転させた形で、かなり間口が広い使用方法。コンクリートブロックが一直線に横に並ぶ。その奥には斜めに二階に上がるブロック。そして二階にも一直線に横に並ぶ。さらに(今回でいうところの)奥、回廊スペースにも並ぶ。それらは開放された戸口から見える。そして釣られた二台の液晶テレビ。
●舞台全体の印象は今までの「地点」の発話より自由な感はあり、むしろテキストによる縛りが強められたようにも感じる。啓発されるものは多々あったが、「太田省吾」を知るとか感じるためのものではないのだと思う。それはわたしが極端に太田省吾という演出家をわたしなりの文脈ですでに噛み砕き過ぎているからかもしれない。そういう意味では素材の違う一面を考えるキッカケにはなった。そして、引き続きこうした刺激的な舞台を作り続けてくれる「地点」という集団はわたしにとってはありがたい存在だ。
●で、ロビーに出ると照明家の木藤さんとバッタリ。明日もまた会うことになるとわかり、駅まで。
●その後、先日軽くお誘いしていたN藤さんから電話があり、お連れのHさんとともにお茶をいただき、軽く食事。「歩く会」が数年振りに人数も増え再結成されの第四回目の大まかな歩きルートと日程が決められる。うん、楽しかった。
●わたし自身にくっついたいろんなものは増えつつも、そんなものとは関係のないところで、それぞれの領域で繋がる人たちがいるのは非常に嬉しい。

どこを切り取るか

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●やっぱり睡眠は重要だ。精神のバランスも体力的な持続性もあらゆる方面へのアンテナの感度も、確実に効果がある。
●結構、自分で自分を追い込んでいっているわけだが、果たして大丈夫なのか不安になってくる。
●ただ、帰宅後、NHKで久しぶりにイッセー尾形氏の演出家・森田雄三氏の姿を見て、大学時代に教わった芝居のことなどを少しずつ思い出して、なんていうんでしょう。芝居のことだけでなく、何というか、生きることというか、「見る」ことそのものを教わったような。そんなことを思い出したのだった。
●改めて、現実を実際のなかからどうやって救い出せるか、どういう視点で切り取れるか、そこがどんな場面でも重要になってくるのだと感じたのだった。

劇作とは何かをもう一度

●会社に置いてある新聞のコラムに「劇作家」という言葉を見つけ、敏感に反応したものの、そこには劇作家バーナード=ショーのノーベル賞受賞時の話が書かれていた。正直、バーナード=ショーについてはあまり詳しくかったので、Wikipediaなどで調べた。劇作について、それなりに演劇史なども学んできたが、まだまだ知らない世界がある。このことをキッカケに、もっと劇作の世界についても勉強しなければならないことが山ほどあるということを思い知ったというか、何を慢心しているのだろうと自戒したのだった。
●劇作の基本をもう一度学んでみようという気になった。ひょんなことから。

モノローグ

●小説とも戯曲ともよべないような中間のものを何か書けないか。ふと思い立った。そろそろ創作の方は満充電になったと思われる。そろそろ放電したいのだけれど、しかし、何に向かって放電したらいいのかわからない。自分で過去に決めた枠組みが邪魔になっているから、そうしたものはすべてとっぱらって何もかもなくしてみる。そんなことを考えてみた。
●あと、普段あまり日本でも読まれない戯曲を読みたくなった。どうしたらそういうものに触れられるのか。やはりネットである程度調べ、その後、図書館が一番いいのかもしれない。国会図書館にも行ってみたい。
●キーワードは「モノローグ」だ。一人芝居でモノローグというのは当たり前のことだけれど、それ以外の方法にも何か使えないか。
●ホテルでは中国映画『非常完美』(日本語意訳『超完璧』)を観る。中国映画もだいぶ資本の力に押されてきたホリチョイ的な感じになってきた。綺麗なマンションに住む金持ちの医者、カメラマン、漫画家などが愉快な恋愛をする。うーん。
 話の内容はどうでもいいんだけど、ときどき表現としては普通に吐瀉物が出てきたり、グロテスクなものがふいに挟まれる。このギャップはやや新鮮。あとは単純にカメラの動きを見る。
●それはさておき、モノローグだ。単なる一人の言葉ではなく、重層的なモノローグ。そしてときどき挟まれる外との会話。まったく異なる物語の世界を作り始めるところからはじめようと思う。

TBACCHI『カラフルヒップ』を観る

●数日前の日記にも予告したとおり、『次の出発』に出演してくれた戸田さんが作・演出する『カラフルヒップ』を観に行く。昼の回に行こうと思ったが、準備時間が足りず、結局、夜の回になった。
 久喜まで車で1時間ほど移動し、その後、東武伊勢崎線で浅草まで直行。
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●舞台のほうは、場面転換や衣装、ヘアスタイルも格好良かった。明日まで。是非。で、そこで戸田さんにはもちろん、同じく『次の出発』メンバーの杉田さんと渡辺(さ)さんと会った。帰りにお茶を飲んで、そのまま二人が行ったことのないという浅草寺まで歩く。夜の浅草寺もなかなかどうして趣深い。
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●それぞれ進む方向は少しずつ違えど、わたしも何とか頑張らなければならない。毎度のことながらそんなふうにみんなに会って感じさせられた。

パラドックス定数『五人の執事』を観る

●明日はまだ楽日があるということだが、気分の切替のためにも三鷹に出掛ける。
 パラドックス定数『五人の執事』。三鷹文化センター・星のホールということで、もちろん広い劇場なわけだが、かなり空間的には贅沢な使い方をしていてその使い方そのものも面白かったが、やはりパラドックス定数の一つの醍醐味はあの濃密な会話劇にあるわけで、またそれとは異なる手法を探ろうとしている姿としてわたしは観た。
 また終演後には、もちろん主宰の野木さんと話をしたが、同時に日芸・劇作コースの担任であったH先生も来ており、「書き続けられるかどうかだ」とある飲み屋で話してくれたことを思い出す。
●三鷹で珈琲を飲んで、電車で帰る。帰る途中に雨が降り出す。
●熊谷では花火。しかし、大雨で多くの人たちが途中でずぶ濡れになって帰っていくところだった。
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 帰りに屋台で焼きそばと広島焼きを購入して、車で自宅まで帰る。普段なら十数分のところだが、一時間くらいかかっただろうか。かなりの渋滞。
●そうだ。それからTwitterの頻度もあげることにする。習慣化してみることで見えてくるものがあるはずだ。大連でも繋がってくれればいいんだけど。

構造物への憧憬

●昨晩、たまたまテレビで見たNHKのプロフェッショナルでは建築家・伊東豊雄氏が取り上げられていた。その空間に対する自由な発想とアイデアを紡いでいく作業を見ていると非常に幸せな気分になってきた。さらに「ノルウェー」のコンペティションに参加している様子を追っていたわけだが、その「ノルウェー」がノルウェーの劇作家ヨン・フォッセを思い起こさせる。
●それからというもの、眠る前に急激に舞台美術のことが考えたくなってしまう。ずっとふさがれていた扉が開かれてしまった。同時に妙な興奮が湧き起こってくる。
 で、ある試みについても思いつく。絵画的な技法などには今はまったく興味がないのだけれど、何かもっと構造的なものというか構造物としてデザインされたもの、いわゆるインスタレーションが見たい。と同時に、今できることとして二次元でもこの感じをどう表現できるか考えてみる。そうなってくると絵画的な技法にも向かうことになるわけだが、いずれにせよ、何らかの形でこのモヤモヤした感覚を表現に昇華できないものかと考えるのだった。

どこまで行くのか

●野木さんのところの舞台(パラドックス定数)を見たからかもしれないが、最近、アジテーションのことを考えていた。
●無駄にアジってばかりでも、みんな嫌気が刺すのはわかり切っている。どうやって人を動かすか。そもそも非常におこがましい話ではあるのだけれど、わたし自身の経験則から言って、ある部分の大まかについては人は変わることができる。根本的に変わることはできずとも少なくとも「演じる」ことはできる。演じているうちに次第に人は考え方を役に合わせることさえできるようになる。
●そして、戻ろうと思えば、また元に戻ることが出来る。しっかりと楽屋に戻って、また舞台に上がるような日々を繰り返していくことでどうなってしまうのかはわからないが、もう引き返せないところまで来てしまった。

パラドックス定数『インテレクチュアル・マスターベーション』を観る

●驚くほどしっかり眠れたもののまだスッキリしない身体を起こしつつ、朝食を食べて支度。開演の45分前に到着するよう電車を選んだが、どうやら山の手線・高田馬場駅で人身事故が発生していることは予め電車にのりこむまえにわかっていたが、湘南新宿ラインには影響が出ていないようだったので安心して出発したものの、上尾でがっつり停止。上野方面に乗り換えるかどうか、迷ったものの乗り換えると確実に間に合わなくなるので、乗り換えずにただただ座って待つ。
●無事、15分前に下北沢に到着。ちなみに下北沢からの帰りの湘南新宿ラインも同様に遅れ。車内に急病人が出たからだという。まあ、今日の予定はこれだけだし。特別焦る必要もない。
●というか、そうだ思い出した。ミネミという男の訪問で起こされたのだった。玄関をノックし「おはようございます。ミネミです。…こ・ん・に・ち・は♪」と非常に明るく気持ち悪い訪問販売だろうと思われる。しばらく粘っていたが、引き続き隣の家でも同じように声をかけていた。
●さて本題。

●パラドックス定数の舞台を観るのは一年ぶりくらいだろうか。今回は明治の社会主義活動家たちのお話。日本史も含め、歴史の授業が嫌いだったわたしも最近は近現代史が気になって仕方がない。今の日本の社会を構造的に考えて行くにあたって、どうしても避けて通れない日本の近現代史である。歴史の教科書に出てくる田中正造の絵を思い出す。
●野木さんはじめ、キャストの皆さんと会えたのも良かったが、尊敬する大物俳優O・Rさんが右二つ隣に座ってらっしゃって、同じ空間を共有できたことが喜びだった。

『エレメント』

●会社でいろいろとやった後に、家に帰って何とか昨日のDVD『太田省吾の世界』を観る方法を考える。
 MacBookでは再生できることから、映像を出力してアナログテレビで観ることも考えたものの、せっかくだからとプロジェクターを繋ぎ、大画面で『エレメント』を観る。
●『エレメント』は大学時代に江古田校舎の図書館で探し出した『悲劇喜劇』という演劇雑誌に掲載されていた戯曲を読んでいて、映像は観ることができないだろうと諦めていたもので、わたしのなかでは相当神格化されたものになっていて、ちょっと驚くような仕掛けがいくつかあって、それがまたこう表出したかと改めて驚かされる。
●で、何しろわたしとしては太田さんの舞台を映像であれ、何であれ、観られたことでいろんなものが全部リセット出来る感覚が心地いい。「何もかもなくしてみる」状態になれる。
 いろいろ詰め込もうとしすぎている自分が嫌になる。
●というわけで、『地下生活者の手記、あるいはブリタニカ論文(仮)』は仮タイトル通り、ドストエフスキーの『地下室の手記』とハイデガーとフッサールの『ブリタニカ論文』が基にあったわけだが、1時間半ではちょっとおさまりきらないのと、今、わたしが観たいもの、創りたいものという意味では、ハイデガーの言葉はちょっと違うように感じ、もう一度、練り直すことにした。ともあれ、もっとシンプルでいいんじゃないかと思い、そう考え始めたら、何だか一気に前に進めそうな気がしてきた。

太田省吾の世界

●久しぶりに中でものを動かす仕事を休止して、都内で行われているある会合に参加する。
●夜、一つのニュース。太田省吾の世界 [DVD]のことを妻から知らされ、大喜びでワンクリック購入。
 これだけで十年くらいは心の支えになる。

ありがとうピンター

 ハロルド・ピンターさん78歳(英劇作家、ノーベル文学賞受賞者)英メディアによると、24日に死去した。妻で作家のアントニア・フレーザーさんが明らかにした。数年前からがんを患っていたという。

 1930年、ロンドンでユダヤ系の洋服仕立屋の家庭に生まれた。演劇学校で学んだ後、舞台俳優として活動しながら詩や小説を執筆。57年に初めての戯曲「部屋」を発表、他に「バースデイ・パーティー」(58年)「管理人」(60年)「誰もいない国」(75年)などの作品があり、日本でも上演されている。05年にノーベル文学賞を受賞した。

 現実のとらえ難さを描く不条理劇の手法を確立し「20世紀後半英国の最も偉大な劇作家」と呼ばれた。ノーベル文学賞の授賞理由では「日常の何気ない会話の奥にある危うさを暴露し、抑圧された物事の本質に迫った」と評価された。反戦活動家としても知られ、病気で欠席したノーベル賞授賞式での録画演説でイラク戦争(03年)を巡る米英の対応を激しく非難した。【欧州総局】

●ピンターが亡くなった。
●もう一度、ピンターの戯曲や映像台本、エッセイも含め、読み返そう。

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主要登場人物

■倉光仁美・妻
 見学者の演出担当であり、妻でもある。
■むすこ
 息子のこと。
■ロム
 大連駐在時に日本料理屋でもらった猫
■ハム
 ロムとその日本料理屋で飼われていたアサヒ(オス・現在北海道にいると思われる)との間に生まれた娘猫。

■歩く会
 都内を中心に歩く会。

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