演技 Archive
背伸びしない
●夕方から、青山でお客様の新年会に参加。
普段はなかなか入れない敷居の高そうなお店もこうした機会を得て、なんとなく得した気分になりこそするが、まだ自分の身の丈に合っていないのも感じる。わずかな背伸びくらいならまだしも、まったく身の丈に合わない服を着るというのはなかなかしんどいものがある。
●わたしはもともと、偽りの姿についてより説得力を持たせるタイプの演技より、その役者本人が持つ本来的な有り様をそのまま引き出すタイプの演技が好きで、そうした芝居をつくってきたつもりだ。
それはいわば人生観から出発していて、「自分ではない特別な何者か(たとえば、ハムレット)」になるのではなく、「徹底して自分と向き合い削ぎ落とした先に見える人間の姿(役者そのものの人間)」に興味があるからで、前者はややもすると戯曲のための道具にしかなり得ないが、後者は役者そのものを見ることが出来る。
●まあ、このあたりは好みの問題もあるし、わたしも完全に前者の演技的な演技が嫌いなわけではないし、技術的には必要であるとも思う。
●ただ、話を元に戻せば、人生という舞台の中で、ずっとハムレットであり続けるわけにはいかない。ハムレットの役者も開演中、出番がないときには舞台袖にはけることができる。そこでは役者の身体と呼吸に戻っている。
実生活では出ずっぱりの舞台の中で、永遠に隠し続けられる演技は不可能だ。本来持っているその人らしさというものは必ず出てくる。
それはデコボコで、整っていなくて、下手くそで、言い淀みもある、不愉快なものかもしれないが、だからこそ面白い。
そこを見ていく必要があるし、それを肯定していきたい。
●まったく何の話をしているのかわからなくなったが、青山円形劇場から表参道の街並みを見つつ、車を停めた場所まで移動する途中、ふと過去の考え方から、経済人としても基本的に何も変わっていなかった、と思う。
●経済もきっと少しずつ、生活に先行するもの(市場原理で動くもの)ではなく、生活のためのもの(社会的贈与で動くもの)になりつつあるのではないかと期待している。そうなってもらわなければならないし、そうしていかなければならない。
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どこを切り取るか
●やっぱり睡眠は重要だ。精神のバランスも体力的な持続性もあらゆる方面へのアンテナの感度も、確実に効果がある。
●結構、自分で自分を追い込んでいっているわけだが、果たして大丈夫なのか不安になってくる。
●ただ、帰宅後、NHKで久しぶりにイッセー尾形氏の演出家・森田雄三氏の姿を見て、大学時代に教わった芝居のことなどを少しずつ思い出して、なんていうんでしょう。芝居のことだけでなく、何というか、生きることというか、「見る」ことそのものを教わったような。そんなことを思い出したのだった。
●改めて、現実を実際のなかからどうやって救い出せるか、どういう視点で切り取れるか、そこがどんな場面でも重要になってくるのだと感じたのだった。
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どこまで行くのか
- 2009-04-03 (金)
- 演技
●野木さんのところの舞台(パラドックス定数)を見たからかもしれないが、最近、アジテーションのことを考えていた。
●無駄にアジってばかりでも、みんな嫌気が刺すのはわかり切っている。どうやって人を動かすか。そもそも非常におこがましい話ではあるのだけれど、わたし自身の経験則から言って、ある部分の大まかについては人は変わることができる。根本的に変わることはできずとも少なくとも「演じる」ことはできる。演じているうちに次第に人は考え方を役に合わせることさえできるようになる。
●そして、戻ろうと思えば、また元に戻ることが出来る。しっかりと楽屋に戻って、また舞台に上がるような日々を繰り返していくことでどうなってしまうのかはわからないが、もう引き返せないところまで来てしまった。
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大連滞在四日目
- 2008-03-20 (木)
- 演技
●熱しながらも、冷めた眼差しを常にもって役を演じるべきだとわたしは考えている。
熱しすぎて、自分の演技に酔いはじめたら、もう見るに堪えない。冷めすぎていては息づかいや躍動のようなものは何も伝わらない。
●そんなことを思い出す一日。
●明日は無事に帰れるかどうか。
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向こうから来る演技
- 2006-09-14 (木)
- 演技
●今週はスカパー!のTBSチャンネルで『スジナシ』の特集をやってくれているので、毎日のように夜は「スジナシ」三昧である。
●簡単に説明すると、ある場面設定だけが決められていて、鶴瓶師匠とゲストが毎回20分程度の即興劇を繰り広げるというものなのだけれど、ゲストによってやはり演技というものの捉え方に差が出てくるのが面白い。
鶴瓶さんは、そもそも前もって作り込まず、その場で共同に設定を深めていくことを望んでいることは、その芸からもすぐにわかるし、毎回観ていればよくわかるはずだ。しかし、それでも一方的に前もって設定を決め、どんどん進めてしまう役者もいる。
それはきっと決められた役をいかに無難にこなすかという技術でしかない。もちろん、それは重要な技術ではあるが、そこからは結果、額縁の向こうの飾られた絵の一部にしかならないのではないか。それじゃあ、つまらない。
昨日の赤瀬川原平氏の話と同じように、自分で支配するのではなく向こうから来るものをいかに受け入れるかが面白いことにも繋がってくるとわたしも思っている。
●まあ、いろんな役者が様々な種類の演技を持ってくることもひっくるめて、受け入れる度量がこの番組を支えているし、それもまた大きくは向こうから来るものなのだろう。
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