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読書 Archive
ピンターとの再会
- 2012-01-07 (土)
- 読書
●正月明けのひとりの週末。ダラダラと過ごしてしまいがちな週末だったので、ややもすると昼寝してしまうかもしれなかったので、重い腰を上げて外に出る。
●本屋をぶらりとする。
●そこで出会ったのが『劇作家ハロルド・ピンター』である。今日はこれだけで充分。購入。
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オフライン生活
●FaceTimeで日本とトータル3時間近く繋がっていたかな。無料だし、便利だし、自宅にWiFiがあればずっと付けっぱなしということも可能だけれど、かえって繋がっていたら繋がっていたで、そこに拘束させるしされる形になってしまうので、ある程度時間を決めた上で喫茶店などに出向いてそこでFaceTimeするくらいがちょうどいいと思っている。
オフライン生活はそれなりに貴重。読書も進む。
●そして読み終わった、『ボブ・ディラン・グレーテスト・ヒット第三集』(宮沢章夫・著/新潮社)である。雑誌・新潮で読みはぐっていたので楽しみにしていた。
●2001年の9月の話だ。今、まさに上演されている遊園地再生事業団の『トータル・リビング1986-2011』もそうだが、メディアでの取り上げられ方が大きい事件・事故と小さな事件が対比されて(いや、実際は小さくはないのだけれど)描かれている。あるいはこの小説の中では、さらにメディアでも取り扱われるようなことのない事件がポリフォニックに重なる。そうした幾層もの事件の前に、たじろぐように存在する人間が描かれた作品。
●読書が進めば、また創作への想いも強まる。
●携帯のEDGE(できれば3Gを希望)があって、完全なオフラインではないところがまたちょうどいいのかもしれないけれど。
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中心を外さずに、そこにいる
- 2011-08-26 (金)
- 読書

●Twitterではすでに書いたが、この本を読んだ。こころと脳の対話 (新潮文庫)
。河合先生の臨床心理へのアプローチや、ユング研究所のことなどがわかるだけでなく、高校の保健体育で「心はどこにある?」という問題の答えが「脳」だった時の腑に落ち無さを覆してくれた。心=脳ではない。改めてそのことを確認出来ただけでもうれしい。そして、過去の臨床体験が語られた中での話も非常に感動的だった。
あるいは、黒船ペリーの弟の孫ジョン・ペリーさんの話も感動した。統合失調症の人にどう向き合うか。どう治していくか…。
相手がきたとき、いつも端にいる。ずっと端にいるんだけれど、「中心を外さずに」そこにいる。それができれば、その人は治ると。
『こころと脳の対話』(新潮文庫) P153
●中心を外さずに、そこにいる。いい言葉。
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大連へ
●今月も大連に来る。今月は引越の下準備もあるし。ちょっと面倒。とはいえ、毎回必要なものは持ってきているし、それほど移動するべきものはないかもしれない。いずれにせよ、いつもと違う。待っている息子もいるし。
●空港で購入した『三谷幸喜のありふれた生活9 さらば友よ』はほとんどすぐに読み終わる勢いだが、肩の張らない心地よいエッセイ。気持ちをリラックスさせてくれる。
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『ひとり日和』読了
- 2011-04-20 (水)
- 読書
●昨日から「社交レベル」が上がっているというか、人と話す時間が増えている。こちらにいるとひとりで考える時間が増えたりするわけだが、「社交(ソーシャル)レベル」が上がると、フィジカルな面でもメンタルな面でも活動量が増える。まあ、当たり前なんだけど、その当たり前のことを考えて実感している。
●夜、ひとり日和 (河出文庫)を読了。言わずとしれた熊谷出身の芥川賞作家・青山七恵さんの受賞作。熊谷市というか妻沼出身というだけでもうずっと読みたかったわけだが、やっと読めたのだった。
何て言うんでしょう。地の文が非常に絵が浮かびやすい描写だったり、ビビットに読むものの感覚も掴んでくる感じが心地よい。
たとえば、先に書いた「ソーシャル→メンタル・フィジカル」というようなことは極めて抽象的な言葉でしかないが、それがこの小説の中では具体的に事象と共に描かれ、はっきりと目の前に表れる。体感の中からしか感じられないことが、読書によっても追体験できることの面白さを改めて感じられた。
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次に繋げるヒントを探す
●せっかくtwitter上で新たにフォローしてもらったり、DMをもらったりしているのだけれど、いかんせんわたしが知っている中国からのアクセス方法では普通につぶやくこととタイムラインを読むことくらいしかできない。というわけで、帰国後に対応させていただきます。
●仕事でのWordpressに集中するがなかなか前に進まず。ただ、より現実的なレベルでの思考回路ができるようになってきている。具体的に前に仕事を進める脳に切り替えていかないと。
●それでも、今日発見があったのは来客があって「これについてはどう考えますか」などと聞かれると意外とグングン頭が回って話ながら考えがまとまる。「そうか、そうだよなあと、この方法で行けるなあ」とか。話しながら考えているんだけれど、最後に話しっかりつながると自分でしっくり来るわけで、その時の喜びがまた次の思考を呼び込んでくれる。
●だからこそ、人と話すのは大事だ。それはtwitterでもいい。自分の考えを語ることで、次に進むこともある。非難を恐れていてはいけない。
●いくつかのこの災害に於ける対応の数々や問題点については忘れぬようにEvernoteにて気になる記事をスクラップしておく。
●夜、日本料理屋で村上春樹『雑文集』をじっくり読む。次につながるヒントを探して。そうなんだよ、次に繋げていかなければならないんだ。
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買わせる本屋
- 2011-02-12 (土)
- 読書
●ほぼ終日、自宅で何もする気にならずにぼんやりとテレビはNHK教育をかけっぱなしで、昼寝などもしてだらだらと時間が過ぎ、食材も何もないので仕方なく腹の減り具合に従って外に出る。電気屋をぐるりと一周見てまわり、次は本屋へ。
街のわりと中規模の本屋で、ショッピングモールの中のそれよりは小さいのだけれど、文芸書や思想書の類が豊富で、わりと買わせるのが上手な本屋だった。そう思ったのは今回も一万円近く本を買っていたからだ。
「今回も」というのは、以前もそんなことがこの本屋ではあった。つまり、店舗側の本の見せ方とか並べ方がわたしの食指を動かすのだろう。もちろん、前もってAmazonで買おうか迷っていた本もあったし、或る一定の気分を満たす(たとえば今回なら急に料理本を読みたくなったりしていることの)為もあるし、以前から気になっていた本に出会ったと思わせる社会学の本もあった。
●それらは別に今でなくてもいいものもあったが、この出会いを大事にしようと思わせてくれる本屋なのだ。何もかもがWebで買うわけではなく、こういう出会いがあるから買う本もある。
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図書館で写真から思いを馳せる
●今日は昨日から考えていた通り、大連市内へ向かう。電車で。その移動もまた一興。今日の主な目的は中国の現代実験演劇の歴史を学ぶことにあるが、それもそもそも中国国際航空の飛行機に乗った際に座席に入っていた航空雑誌に、中国実験演劇の祖の一人とも言える「林兆華」という演出家のことが記事に載っていたからだ。見学者-004-『次の出発』の下敷きになった高行健の戯曲『バス停』もこの林兆華が演出をしている。
●で、図書館に行けばそれなりの本があるんじゃないかと思ったからだ。
●行って良かったのは、上海戯劇学院の雑誌やら、まさしく中国実験演劇について書かれた本が僅かながらもあったことだ。
●そこにわずかに写されている舞台の画像からいろいろな思いを馳せる。たとえば、林兆華演出の『便所』という作品は、古い中国の公衆便所が舞台だ。極めて斬新な舞台セットだし、どこか写真からは清水邦夫+蜷川幸雄の「現代人劇場」的な気配も感じられる(これも写真からしかわからないわけだが)。そんなこんなで、考えていた。
●そこから駅の方に向かって歩く。かなりの距離なので歩けるところまで。途中で疲れ果てて、駅までタクシーへ。さらに地下の商業施設のなかをブラブラと歩き、疲れたら珈琲を飲んで一息入れる。昼飯をまともにたべていなかったことに気付いたが、夕飯を早めの吉野屋の牛丼で。しかし、今気付いたが吉野屋は大連でしか食べてないな。
●夕方、暗くなったところで開発区、あ、今は開発区という名前ではないらしい。金州新区という住所になっている、というのも先月聞いた話だ。
●というわけで、足も疲れたのでしっかりストレッチ。たまにはいい運動だ。歩けることが楽しい。
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『日の名残り』読了
- 2010-10-11 (月)
- 読書
●カズオ・イシグロ著『日の名残り (ハヤカワepi文庫)』を、読了。
●これもまた記憶の物語。語りにより見えてくる全景。構造のつくりかた。触発されることがたくさんある。ある意味では演劇的ですらあるのではないか。
優れた語り文学は、そのままモノローグ演劇に展開が可能だ。そして、また別の角度から新たな可能性について考える。
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『わたしを離さないで』読了

●カズオ・イシグロ著『わたしを離さないで 』(ハヤカワepi文庫)を読了。読み始めて三週間程度だろうか。ゆっくりと読んだ。
●リンクの先のアマゾン・レビューではすでにネタバレがあるが(画面下の方にスクロールしなければOK)、多くの人が語るようにこの本を読もうとするならば何も知らずに読み始めてもらい、次第に明かされていく彼女たちが抱える深い闇を知ったときにただどうしようもなくたじろぐしかできない現実にふいに気付かされることになる感覚を味わってほしい。
●やっと次に読み進めたい作家を見つけられた。
●そして、改めて何か書きたいと思った。短編をいくつも書こう。習作のため、最終的に「出力される形」は戯曲だろうが小説だろうが、映像だろうがなんだって構わないのだ。
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とりあえず
●昨日は寝付きが悪かった。そのため、今朝も目覚めが悪い。どうやら昨日の仕事の疲れが溜まったようだ。
●というわけで、今日は今ひとつだったわけだが、とりあえずお湯を沸かし、日本から持ってきているドリップ珈琲を入れ、音楽をかけ、Macの前に向かうが、やれることは限られている。
●とりあえず書くだけの仕事などを終えて、また呆然とする。
●にしても、「とりあえず」ばかりの文章だな。考えながら書く場合、特にこうした日記の際には、何気なく「とりあえず」を乱用している。そのことに意識的でないことが問題だと考える。
●日記を書くことも文章を書く為の訓練だと考えるならば、下手な癖を付けないように、あるいは意識的な文章を書く習慣化が必要だろう。
●今読んでいるカズオ・イシグロの『わたしを離さないで』がどんどん面白くなってきた。
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『もしドラ』読了
●そこそこ話題になっている『もしドラ』。略称のままで失礼します。あの表紙がどうかと思うビジネス書である。かなり強烈なプッシュを受け、また先月だか先々月に大連で読むものがなかったので、ほとんど衝動的にiPhone版を購入した。
●いかにもな高校野球ドラマであるが、ドラッガーの原書にあたりたくなったのは、ある意味ではこうしたビジネス書はある種のドラマ性をもって描くことで理解が深まるということもある。あと問題はドラマツルギー。
●確かにビジネス書の大部分が極めてチープなドラマツルギーの上に成り立っており、それがひいては経済そのものの閉塞感を生み出しているのではないかとさえ感じられるほどだ。
●経済世界には「成長戦略」「成功体験」などのようなものがベースにある。だから云わんやチープなドラマツルギーに陥りやすい。しかし、わたしも労働者として働いている際にはよく感じたが、そのドラマに乗っかれないのだった。どう考えても面白くない。
●なにか経済書、ビジネス書の類でも新たな展開を見出せないものだろうか。
●日本の少子化と同時に向かうであろう今後の「経済成長戦略」以外のまた別の生き方があるんじゃないかともまだ思っているんだが、まあ、その神話はなかなか簡単に崩せそうにない。
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帰国準備/『ノルウェーの森』読了
●あっという間だった一週間。想像以上に今月の来連時の躓きは心理的負担になっていたようだ。
●今日もいい青空。この調子なら、きっと、明日も大丈夫だろう。北京側が大丈夫ならば…。というのも明日も中国国際航空(CA)。北京から大連に到着してくれないことには成田に向けて出発できないのだ。
●と、ここまでは会社で。
●帰ってからは洗濯物など全てまとめて帰国の準備。夜は簡素な韓国料理。さて、帰国だ。
●今はもう夜中の1時過ぎ。何気なく読み始めた『ノルウェーの森』を一気に読み終えた。そうなんだ、このぽかんと無気力にさせられる感じ、ただ頭の中はグルグルと激しく何かが駆け巡る感じ。強くいきていかなければ。
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車掌/『1Q84 BOOK3』読了
- 2010-04-28 (水)
- 読書
●CZ(中国南方航空)の朝はやや早い。朝七時を過ぎて家を出てタクシーで空港へ向かう。かなりのスピードで飛ばしてくれたが、手続きやその他煙草の購入などをしているうちにあっという間に搭乗時間になった。
目を惹いた特別なことと言えば小学一年生と思しき中国のこどもが、ひとりで搭乗していたことだ。もちろん、キャビンアテンダントに付き添われていた。彼はその後、わたしと同じあれに乗っていた。あの、なんだ…、NEXじゃなくて、スカイライナー。その時には母親も一緒で、通路を挟んでとなりの席に座っていた。
子どもは始終、中国語で話をしていた。そりゃ、ひとりだったからな。不安というか、寂しさもあるだろう。母親もそれをずっと聞いていた。で、車掌が来たのだった。スカイライナーの特別急行券を持っていないらしい。母親はほとんど日本語が話せない様子。そういう演技だったのかもしれないが…。母親は「え?日暮里に止まらないの」と話をすり替えていたし。ただ、その車掌さんはそれで「本当は駄目なんですよ…」と行ってしまった。
その後は、湘南新宿ラインで熊谷まで移動。その時の、車掌のアナウンスが気に入らなかった。14:30上野発の高崎線だ。
「次は…、え…、浦和、え…?浦和です」。
最初は本当にわからないのかと思った。次第にそれはエスカレートしていく。聞いていてその自己顕示欲にイライラが募る。行田あたりで録音してやろうと思ったが、録音しようと思ったら普通に戻りやがった。
●そんなわけで、今日は移動日。
飛行機の中、電車の中と全ての移動中で『1Q84 BOOK3』を読み続ける。最後の方はもう今までの村上作品とは異なる感動があった。ただ、そんなやかましい電車の中で最後を読み切るのは勿体ないと感じたので、最後の章だけ残しておく。家で荷物の整理をして、会社へ。
●夜、最終章をゆっくり味わうように読んで読了。
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人間について
●シリーズというわけではないし、シリーズにしては見栄えが変わらないのだが、大連昼飯シリーズである。さして変わらない。まあ、これで結構お腹いっぱいになってしまうのだ。米が多いし。最近ではおかずが多い方が嬉しいけど。これでも75円程度。悪くない。
●帰ってからは『1Q84 book3』にどっぷり浸かっている。刺激を受けることもかなりある。何度か読み返すことにはなるだろうけれど。読書の第一歩は「体験」としての読書。
これに構造が複雑なものに関しては、第二歩目に「構造把握」の読書が加わり、さらに文体に興味があれば、第三歩目の「文体吸収」の読書となっていく。
いとうせいこうさんはtwitterのなかでこう語っている。
一昨年敬愛する大江健三郎さんに会ったら、貴方は書いているかと聞かれ、十数年書けないと答えたら文体の問題ではないか、マルカム・ラウリーを訳すところから始めてはと大江さんらしい忠告をいただき洋書をにらんできたが、白水社から新訳が出てこんな風に訳せるわけないと思った。
いとうせいこう2010-04-16 00:42:48
ほかにもいくつか文体について、たとえば、「書き写すことでの習得」など当たり前のことなのだけれど、そういう見ず知らずの人つぶやき的なものが頭の中から抜けず、文体について再度意識しはじめる。
●ドラマツルギー、構造、文体、あと、あまり個人的には意識してこなかったが、「人物」もある。魅力的な登場人物についても考える必要があるのかもしれない。あるいは人間を描くことが本来の目的であり、そこに至る手段としてのドラマツルギーや構造や文体なのだろう。
魅力的な人物を書くのではなく、どんな人物であれ、書けば書くだけ魅力的になればいいのではないか。
●人間について考える為に書く。そう考えたら、いろいろ面白くなってきた。
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『ノルウェーの森(上)』読了
- 2010-03-27 (土)
- 読書
●改めて書くが、『ノルウェーの森』を再読中である。僅かずつ読み進め、上巻を本日読み終えた。
以前は感傷的に読んだが、今は構造を確かめながら読んでいる。リアリズムとは言え、やはり他の作品と同じように、現実社会とは離れた場所の存在があり、そこに主人公が入り込んでいくことで、巻き込まれていくという基本構造そのものは変わらない。
ただ、そのなかでどういう展開を迎えるのかすっかり忘れているのだ。そういう意味でも下巻がまだまだ楽しめる。
●今日は布団を干して、E社とのリフォームの打合せ。これで全部で五社と打ち合わせしたが、それぞれ言うことが異なっている部分があるのが気になる。
まあ、ある程度までは方向性も絞り込めたし、話していくことで新たな方向性が見えてくることもある。ゴールデンウィークに向けた引越を考えたが、それも難しくなってきた。
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備えて
●このBlogの左下では、いつのまにか『1Q84 BOOK3』に向けたカウントダウンがはじまっている。発売後はなにかこのブログパーツも驚きの展開を見せるらしいが…。
●それはそれとして、実は『ノルウェーの森』(上)を再読している。文字が大きくなり読みやすくなった講談社文庫版。繰り返すが、浪人時代に一気に徹夜で読み通して以来のことだ。繰り返し書いているのはそれくらいその時代のわたしにとっては衝撃的だったということ。
唯一の長編リアリズムということだが、あまりそういうことは気にせずとも、ある地点を通り越えると一気に引き込まれる。上巻しか持ってこなかったことを今さら後悔しているが、まあ、すぐに帰国だ。金曜日に空港で買えばいい。
そして、この作品は2010年12月には映画も公開されるわけだが、改めてこの時期に読んでおくのも悪くはない。
●さて、わたしはといえば、今は毎晩、『ライアーゲームSeason2』を観ている。こちらは気晴らし。
●21世紀型オルタナティブ・アートスペース「3331 Arts Chiyoda」がちょっと気になる。
秋葉原の旧中学校が革新的アート活動の発信拠点「3331 Arts Chiyoda」としてオープン – CINRA.NET
●なんか、こういう企画ができるようなスペースを持てるといいんだけど…。
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極寒の地へ、2009年忘年会その3
●2009年最後の大連出張。3ヶ月ぶりのCA(中国国際航空)で、成田空港第1ターミナルへ。CAになると時間的な余裕があるが、その分、iPhoneの電池消耗が激しくなる。
●空港で、仕事に関連する本と、店員推薦の小説『重力ピエロ』を購入。というか、この小説、これ映画になっていたのか、まったく気付かなかった。作者の「春樹チルドレン」と(勝手に?)呼ばれている伊坂幸太郎氏の世界を味わってみようというつもりで。
少しずつでも読める読書に集中したいというのもあるが、以前も書いたように深く潜っていくような読書体験を味わいたいからで、その選択が正しいかどうかは読んでみなければわからない。
●さらに空港で少し仕事をして(成田空港でのWifiアクセス画面が少しリニューアルしていたことに気付きつつ)、やや遅れた飛行機に乗り込む。で、今日の機内はやたらと狭かったものの、隣が2歳くらいの中国人の愛らしい女の子で、彼女と母親のほのぼのとした中国語会話に心を癒されつつ、あるいは飲み物を片手に思う存分に暴れる姿に恐怖を感じつつ、仕事関連の本を読了。
●大連に到着すると、想像以上の寒さ。完全装備でも外歩きは厳しい。
●一息つく暇もなく、そのままある会合の忘年会へ。わたしとしては知らない人たちばかりだったが、やはり異国の地での日本人同士の繋がりは非常に早い。三時間ほど見知らぬ人との食事でも楽しめた。境遇や環境を共有している状態であるとやはり話が早い。
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『1Q84』BOOK2読了
- 2009-12-06 (日)
- 読書

●ついに読み終えてしまった。早くBOOK3が読みたい。ここで終わってはいない。2009年12月現在、これがまだ続く作品であると意味ではもちろんまだ語ることはないのだが、ぼんやりとした総合的な感想としてはいつもと一緒だ。
主人公たちはストイックで、「ねじまき鳥以降」は特に単なる「巻き込まれ型」だけではない何かがある。それが読む者(わたし)を刺激する。どの作品の主人公たちも彼らはいつも、きちんと掃除をするし、身体を鍛えるし、手際よく料理をする。そして音楽を聴く。そうしたいわゆるきちんとしたストイックさが、わたしの背筋を伸ばさせてくれる。
と同時に、井戸掘りの作業だ。今回は三人称小説と言うこともあり、ややその深く潜っていく体感度は他の作品に比べ、弱いような気もするが、それもまだ終わっていないから何とも言えない。
●これで今年半年かけていた村上春樹長編小説を読むシリーズは完結した。まさしくこの『1Q84』を読み始めるために、また最初から振り返る旅だったわけだが、それも終わってしまった。ちょっと寂しい。これから何を読んだらいいんだろう。
もちろん、読みたいものはたくさんあるが、どっぷりと深く潜れる作品にわたしは出会いたい。
それもそもそも自分が深く潜るためならば、わたし自身がまずは何かを書くのも悪くはない。戯曲も来年以降は一年一本は書きたい。それが戯曲という形態を取るかどうかはこの際どうでもいい。体裁の問題ではなく、ただただ何か潜るための何かを自分の手で書き始めることが大事だ。
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『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』読了
●コツコツと読んでいた世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈下〉 (新潮文庫)である。
上巻を読み終えてからはそれほど時間がかからなかった。二つの世界がパラレルに進むというのはここから来ていたんだな。その後同じ形式を取っている『海辺のカフカ』のほうが圧倒的に面白かったが、今回のこの『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』は、おそらく時代性の問題なのかもしれない。この二作品の大きな違いはまさしく『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』のなかで語られている「コミットメント」(関わりを持つこと)と「デタッチメント」(関わらないこと)の違いでもあるだろう。構造は同じでありながら、スタイルが『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』は圧倒的にデタッチメントである。まさしく、壁に囲まれた世界で関わりを拒んできた男の話であり、そこに巻き込まれ型という発想が出てくる。関わりたくない人たちの中で関わらざるを得なくなっていく。終わり方も極めてデタッチメントな終わり方だ。
考えてみれば、わたしが以前不条理劇から学んだ際にはやはり巻き込まれ型が中心になっていた。そこに今となっては物足りなさを感じるわけだ。結局、主役は男であり、彼の基本スタンスはデタッチメントであり、わけもわからず周りに巻き込まれる。おそらくこのパターンの構造は使わないだろう。
●そんなわけで、今年の5月から村上長編作品を読み直しはじめ、残すは今年の話題作『1Q84』となる。ここでどんなコミットメントの振る舞いを見られるのか、それが楽しみ。
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