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現象 Archive

視点の移動

●群馬から東京に戻る途中の大宮で、不動産屋により、諸々の長い説明を受ける。
 契約。

●この大宮は一年間だけ住んでいた。ちょうど地下鉄サリン事件の頃だった。
 もう10年以上前のことだ。あの頃は、初めての一人暮らしで大宮もまたわたしにとっては大都会だったし、そごうのなかにある三省堂書店が唯一の憩いの場だった。
 その三省堂書店で数冊の本を購入。
 今となっては小さくすら感じられるが、視点が変わるとまた異なる風景になる。
●それで移動中は演出プランのことなど、演出と打合せ。
 わたしの頭も劇作から演出の方向に切り換えられてきたので、また別の角度から見られる。

久しぶりの頭痛

●たくさんの人に会う。

●それで久しぶりに頭痛になった。そういう意味では、ここ最近はストレスが少ない生活を送れていたのかもしれない。今日は何だかいろんなことが重なってストレスになった。
 しばらくそれで何も考えられなかったが、薬を飲んで少し回復。
●日常の中のいくつもの現象を見落としている気がしてならない。ここ最近は、ストレスが少なかったのと同様に、刺激に鈍感になっていたようで、こうして日記に書くこともあまり浮かばない。というか、ちゃんと見ていないのかもしれないし、感じていないのだろう。
 何か刺激的な作品に出会えないだろうか。

現象学という言葉の意味は限定できない

■いきなりの話で恐縮ではありますが、ここで「現象」というカテゴリを結構乱発しているのは、何も書くことがない場合、ただつれづれなるままにそのときに思いついたことをただ書くという作業をしているからだが、じゃあ、どうしてそれが「現象」なのかということになったとき、今ひとつ自分自身に説明し切れていないように思えたので、改めて。

■現象学は18世紀にカントが『自然主義科学の形而上学的基礎』という文献の中で、「物質の運動ないし静止を表象の種類ないし様態との関係においてのみ、つまり外観の現われとしてのみ規定する運動論の一部門」と書いたことに始まるようだが、これはあくまで自然科学の領域内で使われただけのことである。
■むしろ、哲学の世界ではヘーゲルの未完の著『精神現象学』のなかで「『現象』は『精神の現象』を意味する。精神そのもののそのつどの姿、形態のこと、その姿をその現れてくるがままに記述する作業」と書いているところによる、そっち側の現象学である。
 そして、それは現象学の父と勝手にわたしが呼んでいるフッサールに始まり、その後継から発展させているハイデガー、あるいは場所を変え、メルロ=ポンティに続くその系譜のなかの現象学だ。
■で、わたしはフッサールとハイデガーが共著として書いた『ブリタニカ論文』のことが気になっている。
 これを『ブリタニカ』として、フッサールとハイデガーを出さない日本人だけの映像用台本を書きたいと思っているのだ。これもすでに構想から3年以上経っていて、この段階でとりあえず止まっている。
●というわけで、現象学の復習。『現象学の思想』(木田元・著/ちくま学芸文庫)より一部引用しました。

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