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文学 Archive
新たなリフィル
●朝からどうも声も出ないし、調子も出ない。
●先日購入しておいたA5のリフィル今日からようやく使い始める。これでだいぶ気分は良くなった。ただし、こちらの画像に出ているカラフルなリフィルに書くのは見学者に関することだけだ。仕事のことは同じ手帳の真っ白なリフィルに書くことにしている。
とにかく書くときには日付とメモ。
そして最近はこの記事「6つの力が身に付く「図解思考」って?」から書き方には最近ちょっと「図解」を意識しはじめている。これ、ちょっと面白いかもしれないと思ってタイトルはどうかと思うものの、本も注文。
●基本的にはどこからでも気分を切り替えられるシステム手帳だ。
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『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』読了
●コツコツと読んでいた世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈下〉 (新潮文庫)である。
上巻を読み終えてからはそれほど時間がかからなかった。二つの世界がパラレルに進むというのはここから来ていたんだな。その後同じ形式を取っている『海辺のカフカ』のほうが圧倒的に面白かったが、今回のこの『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』は、おそらく時代性の問題なのかもしれない。この二作品の大きな違いはまさしく『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』のなかで語られている「コミットメント」(関わりを持つこと)と「デタッチメント」(関わらないこと)の違いでもあるだろう。構造は同じでありながら、スタイルが『世界の終わりとハードボイルドワンダーランド』は圧倒的にデタッチメントである。まさしく、壁に囲まれた世界で関わりを拒んできた男の話であり、そこに巻き込まれ型という発想が出てくる。関わりたくない人たちの中で関わらざるを得なくなっていく。終わり方も極めてデタッチメントな終わり方だ。
考えてみれば、わたしが以前不条理劇から学んだ際にはやはり巻き込まれ型が中心になっていた。そこに今となっては物足りなさを感じるわけだ。結局、主役は男であり、彼の基本スタンスはデタッチメントであり、わけもわからず周りに巻き込まれる。おそらくこのパターンの構造は使わないだろう。
●そんなわけで、今年の5月から村上長編作品を読み直しはじめ、残すは今年の話題作『1Q84』となる。ここでどんなコミットメントの振る舞いを見られるのか、それが楽しみ。
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モノローグ
●小説とも戯曲ともよべないような中間のものを何か書けないか。ふと思い立った。そろそろ創作の方は満充電になったと思われる。そろそろ放電したいのだけれど、しかし、何に向かって放電したらいいのかわからない。自分で過去に決めた枠組みが邪魔になっているから、そうしたものはすべてとっぱらって何もかもなくしてみる。そんなことを考えてみた。
●あと、普段あまり日本でも読まれない戯曲を読みたくなった。どうしたらそういうものに触れられるのか。やはりネットである程度調べ、その後、図書館が一番いいのかもしれない。国会図書館にも行ってみたい。
●キーワードは「モノローグ」だ。一人芝居でモノローグというのは当たり前のことだけれど、それ以外の方法にも何か使えないか。
●ホテルでは中国映画『非常完美』(日本語意訳『超完璧』)を観る。中国映画もだいぶ資本の力に押されてきたホリチョイ的な感じになってきた。綺麗なマンションに住む金持ちの医者、カメラマン、漫画家などが愉快な恋愛をする。うーん。
話の内容はどうでもいいんだけど、ときどき表現としては普通に吐瀉物が出てきたり、グロテスクなものがふいに挟まれる。このギャップはやや新鮮。あとは単純にカメラの動きを見る。
●それはさておき、モノローグだ。単なる一人の言葉ではなく、重層的なモノローグ。そしてときどき挟まれる外との会話。まったく異なる物語の世界を作り始めるところからはじめようと思う。
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『海辺のカフカ』上巻、読了。
●『海辺のカフカ(上)』(新潮文庫)読了。昨日の晩から一気に話が繋がって、ラスト10ページというところで急に意識がなくなり(小説の登場人物たちと同様にこの本を読んでいるとふいに意識を失う)眠ってしまったわけだが、朝、少しだけ早めに起きて、上巻だけでも読み終えてしまおうと思った。というのも残り10ページのために分厚い一冊を持ち運ぶことを考えたら、かなり面倒になったからだ。読み終えてしまえば下巻だけ持っていけばいい。あともう一冊『アフターダーク』(講談社文庫)も持ってきている。順番的には『ねじまき鳥クロニクル』→『スプートニクの恋人』→『海辺のカフカ』→『アフターダーク』→さらに最新の『1Q84』なわけだが、『ねじまき鳥クロニクル』(新潮文庫)と来て、講談社文庫シリーズに行き、『スプートニクの恋人』を飛ばして、『アフターダーク』買ってしまったのだった。まあ、それはそれでいいとしよう。
いずれにしても、村上春樹の小説をまとめて読み始めているのは、その構造の特有性、暗喩の多さなど、戯曲を書く際にも影響を受けているいくつかの特徴があるからだし、さらに表現上では暴力性や過激さが増している。そのうえ、かなり突拍子のない展開が突如として現れても、決して不自然に感じさせない前後の注意深い描写も見逃せない。
●電車・飛行機の移動中、『海辺のカフカ』下巻を読んでは眠り、読んで意識を失うようにしてはまた眠りの繰り返し。
●7月。梅雨や光化学スモッグで悩まされる日本を離れ、また大連に来る。日本に比べ、大連の湿度の低さはは前からそうで過ごしやすさに繋がっていたが、わたしが住む一階北側の部屋は例外であった。去年のこの7月にひどく体調を崩したのも、カビなどのせいではないかと思われる。入っただけで黴臭い匂い。しかも、今晩は大雨。
●また、ネット環境も一年の契約が切れなくなったので、改めて個人での契約を行うことしなければならない。今日の所はADSLモデムやらもまだ自宅にあって、いろいろやったら繋がったので何とか使えているが、これは契約が切れてもここにあることは問題らしく一日10元(140円)延滞料が徴収されるという。なんということだろう。
ちなみに会社契約と個人契約では3倍くらい料金が違う。やはりどんなに遅くても、youtubeにアクセスできなくても、ネットに接続できたほうがいい。というわけで、明日からはホテル暮らしにするしかないか、検討中。
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深く潜る
●ねじまき鳥が面白くなってペースが上がっている。テレビを観なくても、読書ができればいい感覚に戻ってきた。非常にいい傾向である。体調というかバイオリズム的にもいい調子。
●そうか、文学的にはすでにこういう構造の書き方などは当たり前にあるんだなあと思うようなこともたくさんあり、そうかそうかと今さらながら気付くことがあると同時に、だとすればもっと別の方法をと考えていくことがまた面白くなる。
●
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ありがとうピンター
ハロルド・ピンターさん78歳(英劇作家、ノーベル文学賞受賞者)英メディアによると、24日に死去した。妻で作家のアントニア・フレーザーさんが明らかにした。数年前からがんを患っていたという。
1930年、ロンドンでユダヤ系の洋服仕立屋の家庭に生まれた。演劇学校で学んだ後、舞台俳優として活動しながら詩や小説を執筆。57年に初めての戯曲「部屋」を発表、他に「バースデイ・パーティー」(58年)「管理人」(60年)「誰もいない国」(75年)などの作品があり、日本でも上演されている。05年にノーベル文学賞を受賞した。
現実のとらえ難さを描く不条理劇の手法を確立し「20世紀後半英国の最も偉大な劇作家」と呼ばれた。ノーベル文学賞の授賞理由では「日常の何気ない会話の奥にある危うさを暴露し、抑圧された物事の本質に迫った」と評価された。反戦活動家としても知られ、病気で欠席したノーベル賞授賞式での録画演説でイラク戦争(03年)を巡る米英の対応を激しく非難した。【欧州総局】
●ピンターが亡くなった。
●もう一度、ピンターの戯曲や映像台本、エッセイも含め、読み返そう。
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トルストイとドストエフスキー
ドストエフスキーとトルストイ
バフチンは「ドストエフスキーの詩学」において、ドストエフスキーとレフ・トルストイの文学の明確な差異を、画期的なポリフォニー論などによって示した。
ドストエフスキーの文学においては、上記のように客観的に叙述し得る単一的な真理は存在せず、各人の思想が否定されずに尊重される。各登場人物は、作者ドストエフスキーと同じように、1人の人間として思想や信念を固持する権利が与えられている。それはすなわち人格の尊重である。ところがトルストイの小説においては、しばしばトルストイの考えに登場人物が近づくことが、真理への到達と同視される。そしてトルストイと反対の意見を持つ人物は、しばしば自己完成からは程遠い人物として描かれるのである。バフチンはこれをモノローグな構成として批判した。(Wikipedia ミハイル・バフチンより)
という話がまずあって、いや、そもそも「管理とは何か」という話なのだけれど、まあ、英語で言えばコントロールなわけで、そもそも経済活動も含め、ある種「コントロールできる」という思考が前提としてある。わたしは見学者ではとことん万物の事象は最終的にコントロールは出来ないという立場でものをつくってきたつもりであるが、こと会社の仕事のことを考えていくと、あるいは管理者の仕事ということを考えていくと、コントロールを前提条件として外すわけにはいかなくなる。「制御できないデンジャーを制御できるリスクに変換する」とは内田樹先生の言葉だが、またデータベースのような非常に0/1の世界のことを考えていると、いよいよ管理とは何か考えざるを得ないのだった。
もちろん、二分法も「0/1」から「00/01/10/11」、「000/001/010/011/100/101/110/111/」というように倍々に増えていくわけで、思考法をそのように倍々に増やしていけば、不特定多数のデンジャーもリスクに変換可能ではないかと考えないわけにはいかない。
つまり、経済活動を行って行くにあたって、もちろん会社の安定・社員の安定生活を考えていけば、「なんだかわからないけど、たぶん大丈夫だ」という根拠のない自信は、それは、管理ではない。「こうすればこういう危機が訪れる可能性があるが、こう対処することでそれをカバーする」という筋道を立てなければならなくなる。
おそらくそうした思考ばかりをしていると人間としてはかなり貧しくなる可能性がある。わたし自身は少なくともそう感じている。しかし、同時にこの不安定な世界の中で安定した収入を確保するためには、その責任が各人にある。そしてそうする人たちを守る責任がわたしには付いてしまった。こうすればこうなるのではないかと推論を出すことそのものは面白い。その面白さを楽しみながら、今はその責任を全うすべくやるしかない。
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