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経済 Archive

背伸びしない

●夕方から、青山でお客様の新年会に参加。
 普段はなかなか入れない敷居の高そうなお店もこうした機会を得て、なんとなく得した気分になりこそするが、まだ自分の身の丈に合っていないのも感じる。わずかな背伸びくらいならまだしも、まったく身の丈に合わない服を着るというのはなかなかしんどいものがある。

●わたしはもともと、偽りの姿についてより説得力を持たせるタイプの演技より、その役者本人が持つ本来的な有り様をそのまま引き出すタイプの演技が好きで、そうした芝居をつくってきたつもりだ。
 それはいわば人生観から出発していて、「自分ではない特別な何者か(たとえば、ハムレット)」になるのではなく、「徹底して自分と向き合い削ぎ落とした先に見える人間の姿(役者そのものの人間)」に興味があるからで、前者はややもすると戯曲のための道具にしかなり得ないが、後者は役者そのものを見ることが出来る。
●まあ、このあたりは好みの問題もあるし、わたしも完全に前者の演技的な演技が嫌いなわけではないし、技術的には必要であるとも思う。
●ただ、話を元に戻せば、人生という舞台の中で、ずっとハムレットであり続けるわけにはいかない。ハムレットの役者も開演中、出番がないときには舞台袖にはけることができる。そこでは役者の身体と呼吸に戻っている。
 実生活では出ずっぱりの舞台の中で、永遠に隠し続けられる演技は不可能だ。本来持っているその人らしさというものは必ず出てくる。
 それはデコボコで、整っていなくて、下手くそで、言い淀みもある、不愉快なものかもしれないが、だからこそ面白い。
 そこを見ていく必要があるし、それを肯定していきたい。
●まったく何の話をしているのかわからなくなったが、青山円形劇場から表参道の街並みを見つつ、車を停めた場所まで移動する途中、ふと過去の考え方から、経済人としても基本的に何も変わっていなかった、と思う。
●経済もきっと少しずつ、生活に先行するもの(市場原理で動くもの)ではなく、生活のためのもの(社会的贈与で動くもの)になりつつあるのではないかと期待している。そうなってもらわなければならないし、そうしていかなければならない。

敬天愛人

●日本の経済の動向について、今がどういう状況なのか、世界のなかでどういうわたしたちは立っているのか。どんな位置付けにいるのか。
●製造業は何をすべきか。
●そのなかで経営者はなにをしなければならないか。
●「天を敬い、人を愛す=敬天愛人」の心をもってして激動の世界に向かうべきだと教えられる。
●さまざまな社会情勢のこと、勝ち負けではないもの。中小企業だからこそできることを改めて考えさせられる。そんないい講演会を聴けた。
 アメリカ、システム思考、ドル、ユーロ、ヨーロッパのしくみ、金融、第二次産業、農民と商人、三つの物価指数、インフレ、イラン、中国、日本政府、官僚のしくみ、補助金、増税、公共料金値上げ。
 すべてが刺激的だったし、目が醒めるような話をたくさん聴けた。

仕事はじめ

●休みが続いていたためかエンジンがまったく温まってない。
●そもそも完全にエンジンを止めてしまったのがいつからなのか、それは、仕事のことに関してなのか、戯曲を書くことなのか、もうそれが考えることまで止めてしまっていたということになれば、大変なことだが、あるいはそこまでいってしまったのではないかとさえ感じるのは、すべてのわたしの活動という活動が止まっていると思われるからだ。
●日々、考えることをとめてはいけない。さらにスケッチのことも忘れてはいけない。仕事に関してはかろうじて動いていて、こうしようとかあっちは危ないという判断が効いている。根拠のない自信に満ちあふれていると言ってもいい。流行りものを製造することに翻弄され、いまだに中国を工場としか考えられない人の話をきくと、すでにそのステージでものごとを語りはじめた時点で、あなたたちが大好きな「勝ち負けの論理」の負けに入っちゃうよということを教えてあげたい気がしたものの、いかんせんわたしには根拠がない。そして、彼らには余計なお世話だろう。

●Google+で共有した写真の順序がバラバラになっていたのを日付順にするのに、一度Picasaをインストールして、そのWeb上の画像をPicasa上で共有し、そこで「整理」できる。
 無駄に残っていた空のアルバムも削除はそこでできる。
●それがわかった一日。

年賀状からの無用の用

●年賀状が全然終わらない上に、仕事の方もあれこれと山積みで、どんどん保留されていくから、モヤモヤしてしょうがない。
●せめて仕事のことはさくさくと終わらせていきたいのだけれど、曖昧な意志決定がないまま、時だけが流れていく感じがどうにも嫌な感じなんだ。
 とはいえ、まるで何かをやり遂げたような達成感はあるのに、まるで何もやっていないということは往々にしてある。
●むしろ、達成感なんかなくて、なんだかよくわからないうちに変化しているということのほうが、真の実力がついている状態と言えるのかもしれないななどと考えるものの、実力を付ける過程の話と、単なる事務処理を混同してはならないのかもしれない。
 やればやったで終わる仕事はとにかくスピードがはやく、正確であれば、それに越したことはない。経済の観点からすれば。
●ただなあ、もっと無駄なものを許容できる仕事に価値を転換できないかなあとも考えてしまうのだ。

●たとえば、当時90年代後半からなぜあんなに「自分探し」や「やりたいこと」みたいな幻想が蔓延ったか不思議だが、それもきっと無意識に「対効率」という旗印があったからなのではないかとふと思い立つ。
 原発に象徴される「効率と経済」のためではない何か。いかに無駄であるか、非効率であるかの振る舞いは、いかなる言説よりもストレートに「アンチ効率」の旗印になっただろう。
●それを考えるには老荘思想が大いにヒントになるだろうが、老荘思想は人を堕落させると効率優先社会の人達は言ったのだ。今の中国そのものだ。老荘思想の排除、無駄の排除。
 あるいは、いかに合理的効率的な組織を作るかは、軍隊を例に引き合いに出されるが、会社のピラミッド型組織図はいまだにそこから抜け出せていない。何か違う。

継承

●今日はとある経営者の集まりがあって、ある工場を見学する。工場見学はとても面白いが、もちろんここでは「見学者」として行っているのではなく経営者として行っているので、当たり前だが詳細を書くことはできない。
●それでもこの話をわざわざ書いたのは、ある傾向について書きたかったからだ。
●それはまだまだ若手が少ないという話。ギリギリ団塊ジュニアとも言われるわたしの世代はつまり団塊の世代以上の親を持つ。その親の世代が年齢的にそろそろ引退をし、世代交代していく時期なのだろうと考えている。しかし、それでもまだまだ60はもちろん、70を過ぎても現役でやっている人が多くいる。
●まあ、わざとそうしているパターンもあるんだろうけれど、そのほとんどが継承がうまくいっていないのだろうなあと類推する。
 わたしの場合はやるからにはという思いもあったから、わりと早い段階から言いたいことは言わせてもらったし、徹底的にやり合った。これに関しては概ね互いにプライドを維持したいから、何かと馬鹿にしてくるが、その態度も含めてとことんやりあった方がいい。それはもうとことんだ。そして、とことんやり合えるだけ経営のことも技術のことも勉強する。
 その先にしか継承はなかった。それは言い換えれば、お互いにテストみたいなものなんだろう。
 まあ、もっとも、準備よくうまくいっているところはうまくいっているだろうけれど。

●まあ、むすこんに継承するかどうかはまた別の話。それはまたいずれくるであろうわたしと彼の問題になる。
●そんなことよりも、彼は(耳の骨が出ているからおそらく)わたしと同じように自らが認めた尊敬する人間の話しか聴かないタイプだ。だからこそわかるが、父親としてわたしが彼に「生きる」ということの点で尊敬に値する生き方ができるかどうかだろうなあ。

金の話

●先日、会計士さんと話をしていて、今のわたしたち以降の世代はおそらく働き方に変化があるんじゃないかという仮説を話していた。起点となるのは「バブルが経済成長のゴールか」ということ。今の日本の若者が出世や昇給をそれほど自ら望んでいないのはなぜかという問題にも繋がる。金のために働くんだという物語が崩壊したあとの、また別の動機となり得るものがたりを作らなければならない。
●一方で中国ではどうかというとこれも二極化している。中国でも既に高騰した不動産価格は下がりはじめたとしきりに地元のニュースで話している。しかし、根強く金に対する信は強い。
●以前、2歳の子どもが車にひかれながらも誰も助けない動画があったらしい(とても見る気になれないので見ていない)が、こちらで話を聞くとやはりそこで手を貸すことで、自分に責任が押しつけられる(その母親が来て、「おまえがやったんじゃないのか、金をよこせ」という話になる)のが嫌で、他人と関わり合いをもたないようにしていると話す者もいる。そして、そんなふうになってしまった社会そのものをどうしたものかと嘆いている者も多い。
●中国でもひとつの未完成な経済バブルがまもなく終わろうとしているのではないかと直感的に感じている。
●わたしはこの地で「金儲け」のためではなく何をしているのか、明確に言えるだろうか。そして、それに賛同できる中国人はいるのだろうか。今回、多くの中国人達と話をする機会があり、話をしながらずっと考えていた。

コストコ

●初のコストコという場所に行ってみる。思えば大連にコストコが出来たという話があったとき、会社にDMが来て、その倉庫で販売する方法について説明を受けたような気がする。そして会員登録してお金を払う必要があるということも聞いていた。それがもう7,8年くらい前のことだろうか。
●今回、前橋にもできたと言うことで車で一時間くらいだし行ってみることにした。
●会員になるために、まあ、いろいろと手続きをして、やっと中に入る。想像通りの倉庫感。基本的に売っているのはボリューム感を前面にだした売り方。全体的に1回で買う量が多くなるため、その値段が適正なのかどうか分からなくなる。さらに遠出してきているし、会員になるのにお金も払っているから、少しでもお得に買いたい。まとめ買いしたいという衝動に駆られ、まとめて一気に買ってしまうと言う罠なんだということに気付いた。
●ここまで来るともうコストコで買い物というより、コストコというアトラクションだ。
●だから、得するとか損するとか、あんまり考えない方がいい。ただ家電や一般流通品はAmazonより安いかとかそういった比較は可能だし、するべきである。食品になるともうわけがわからない。楽しんだもん勝ちだと思う。

制限解除

●電力使用制限が本日解除される。あの事故からまもなく半年。にもかかわらずいまだ今度は冬に向けて足りないと騒いでいる。再稼働しなければ、と。また冬には足りなくなるんじゃないかと。
●そもそも、あれだけ、あれだけ騒いだ夏を乗り越えたこのチェック、反省は確実に行われるんだろうな。
●経済産業省は、大手企業だけでなく、中小企業にも何度となくしつこく電話を掛け、いかに削減を実行させるかを聞いていた。そして、家庭にもサブリミナル的に繰り返した。それはいいよ。で、輪番を行う必要はあったのか。交通機関を特別ダイヤにする必要はあったのか。
 自主的な削減の成果とあるいは気温の問題。
 熱中症を防げた人もいたかもしれない。
●いずれにせよ、まもなく半年が経つ。このときに厚生労働省や文部科学省での除染の責任、汚染地図の問題、あるいは、食品の汚染状況。農林水産省も農家への保障問題、はっきりさせていかなければならないんじゃないか。
●見学者としても、3.11以降のスタンスを含め、今後の態度を明確に示していこう。

ドジョウより土壌

●まさしく今日はまた新しい首相が決まる瞬間だった。どうして月曜日の平日昼間にやるのだろうか。演説。昼休みだけUstreamで見る。
●一方でTwitterでは、五人の演説についてリアルタイムで内容だけでなく、身体や声について、自分の言葉になっているかなどなど多くが語られ、野田氏が「ドジョウにはドジョウの」と話をすれば、「ドジョウより土壌だろ」と多くの人がつっこんだものだ。。
●あるいは茂木氏がTwitterで解説していたように最後の鹿野氏は最も明確に、原子力発電と汚染、国の責任の元にという発言をしていた。内容は最も良かったが、語り方を含め、まったく届かなかった。
●古かった。政治を語る言葉はまさに古い。そして、何の疑いもなくそうした言葉を使わなければまつりごとの世界で使えないという根源的な問題がある。ある意味では経済界も同じようなものだけれど、新たな業界の進出によって新しい経営のスタイルというものは生み出されていくし、人種も混ざり込んでいく。そういう意味ではまだ健全であると言える。政治の世界はあまりにも風通しが悪い。血が入れ替わらない。
 そういう意味でも、ドジョウより文化的なほうの土壌だとも思うのだ。

売り込みの仕方(悪い例)

●しっかり休み。それでも家族で移動して会社にも寄る。
●こどもの音が鳴るオモチャというのはだいたいボタン電池で、これが非常に切れやすい。そのため買いに行く。
 その際、SoftbankのPocketWifi売り込みを受けた。その売り込みかたがいやらしすぎて嫌だった。
●まず声のかけ方、後ろから「あ、おきゃくさま!」とまるで何か落としたんじゃないかと思わせるような声のかけ方。
 続いて、立て続けに雨とポケットティッシュを渡す。ここで様子を見ながら、同時にPocketWifiのモック品を渡す。これを手に持たせた上で、これも差し上げますんでと言う。そこからいろいろとUltraWifiがいかに速いかを説明しはじめた。かなりまどろっこしく。さらに様々なものが無料であること。こちらはリアクションをとめて0の顔をして聞くしかなかった。五分くらい(体感は十五分くらい)話をする。
 最後にゆっくりと通信費用だけいただきますと話をし始めたところで、ようやく「SoftBankさんの通信回線すでに使っているので結構です」と断った。
●しかし、面倒な人につかまったと思った。印象が悪い。

買い物三昧

●アカチャンホンポ、ジョイフルホンダ、イオンショッピングモールととにかく回って、必要な物を買いそろえる。あるいはそこで物を見て、最終的にネットで購入するというものも結構ある。
●たとえば、わたしのもので言えば鞄がもう完全にダメになってしまっているので、何とか買い換えたい。とはいえ、MacBookPro”13が入り、仕事にも、オフにも使えるような縦型のショルダーバックとなるとなかなか見つからない。
●あとは、ブレンダー。離乳食づくりにせっかくだからとブラウンのブレンダーを考えていたが、主に使うであろう妻は、ブラウンのそれよりも、山本電気の「MICHIBA KITCHEN PRODUCT マルチスピードミキサー」がいいという。
 ああ、フラペチーノ的な物までいけちゃうのね。まだ買ってないけど。
●さらに子供の物だが、すでに洋服は秋冬になっているのだな。子供を通じて感じる季節トレンド移りかわりのタイミング。
●おどろくほど、金は出て行くばかりである。

すべては生活の上に

●突然の話だ。
●わたしは今、「すべては生活の上に」をテーマに、何か活動が出来ないかと考えている。見学者としても。次の展開を考えていかなければならない。そのときのテーマだ。
 しかしながら、この際の活動とは、生活そのものであり、生きることであり、活きることだ。
●経済=消費という原則がすべてにおいて優先されないわけにはいかなくなったこの社会において、失われたものがあった。それは95年の阪神大震災やあるいは先の東日本大震災から、「直接的に節約しなければならない」、「利益の分担を考えなければならない」、だから、消費を抑えようという問題に部分的に見えなくもない。
 しかし、本質的にはそこではなく、同じく95年のオウムの出現やあるいはその後の97年の酒鬼薔薇事件、今も続く11年の福島第一原発からの放射性物質漏洩事件などの形によって、ほころびとなってわたしの眼前に出現したのだと思っている。それ以前は見えなかった。
●エネルギーを含めた「浪費」や「消費」のことを考えることから、「生きていることそのもの」のことを考えることにシフトする。
●もっとはっきり言えば、いわゆる労働者/資本家という対立構造で見たところの「生活」のことではなく、もっと原始的なレベルの生きることだ。生物としての生きること。幸いにして、わたしの目の前にはまだ六ヶ月の幼い命がある。まだ彼は何も知らないし、何もできない。それが食べることを始めようとしている。生物としての重要な一歩。
 そんなところから、存在について、あるいは生きることについて。まずはわたし自身が、その中でもがくように彼を通して追体験出来ればと考えている。彼のフィルターを通して世界を見ることが本当の意味で出来るのか。もっと言えば、共に体験出来るのか。たやすいことではない。ただ、それでも今、改めてそうしたいと考えているのだ。

とまれ、浜岡

●また仕事がはじまる。どうにも身体が鈍ってしょうがないが、ここで一気にスタートしておかないと。
●息子がびっくりするほどよく喋る。もちろん、言語にはなっていないのだが、「えーい、あー、うーうー」ととにかく喉の奥から音を出すことを覚えた様子。
●管首相の浜岡原発停止発言については、「よくやった!」と素直に讃えるべきである。
 そして、「いや、夏はやっぱりちょっと心配なんだよね」とか言っているレベルの輩もいるようだが、浜岡原発は、中部電力の12〜14%の電力量であること、過去に数ヶ月(夏のピーク時も)停まっていても電力が不足する事態は起こらなかったこと。以上の二点を鑑みても、何の問題もないだろう。ましてや何の被害も受けていない関西電力からの緊急応援も可能ではないか。
 髪の毛が紫色のおばちゃんが、テレビのインタビューで名古屋で放射能汚染の問題が自分の身に降りかかるのは困るというようなことを言っていた。
●「経済」という人質を国や一部の利権が絡む人間に取られ、貧困というイメージを避けるようにして、70年代以降日本はおそらく多くのものを失ってきた。10年代以降は失われたものを取り返す時代になるはずだ。

四つ巴

●そうそう、昨日のことだが、iPhone3Gのプラスチックケース、落として割れた…。差しあたってもっとも簡素なものに取り替え。ほとんど中国での通話及び通信のための装置でしかないからな。iPhone4+中国3G回線という組み合わせが実現すれば、もっといろいろ楽になるんだろうけど。なかなか調べる気にもならず。その前にSIMアンロック出来ないわけだし…。
●さて、ネットに繋がる会社ではニュースがどんどん飛びこんで来る。ほとんどが嫌なニュースばかりだ。
 経済産業省/保安院/原子力安全委員会の三つ巴関係。もうこの国のエネルギー政策は「儲かることをしよう」以外にない。そして、東電も「東電は経産省OBを受け入れ続け、エネ庁長官経験者は石田氏で2人目だった」つまり、四つ巴。
●いや、そもそもエネルギー政策だけでなく、だいたいのことがそういうふうにできているのではないか。経済界における50代以上の人間の一部にそういう傾向が強い人(はっきり言えば我欲が強く、それで何が悪いと言える人)がいる。時にその世代にも真逆な人がいてそれはそれで厄介。なかなかニュートラルという立場はないのかな。だからか、わたし自身は技術屋さんと話していると落ち着く。
●(翌日20日・追記→)この技術屋と経営トップということでいえば、もっとも熱いところではこの人がいた。マーク・ザッカーバーグ氏。映画『ソーシャル・ネットワーク』でも描かれているが、技術屋が経営者を雇うということも可能な時代だ。まあ、頭の作りが根本的に違うのだろうが。(←ここまで)
●しかし、考えてしまうのは、記者会見場に立つあの人たちが、どんな思いでそこに立っているかだ。たとえば、東電の会長の会見の仕方などもう自分は被害者くらいにしか思ってないかもしれない。あるいはそういう精神状態でなければいられないのかもしれないが…。心理的な防衛機能がどこかに働いていないと難しいだろう。
 いずれにせよ、こっち系のニュースは忘れないようにじっくりと記録しておく。ただ、いい気持ちにはなれない。
●そんななか、ニュースはNHKかぶん(科学文化部)さんのTwitterの語り口が非常にいい。さらに子育て生活者の視点で語る人びとから聞こえてくる話題で、毎度のことながら和ませてもらえる。

確定申告医療費再入力

●全ての入力を終えて、さて電子申告をしようという段になったのだが、申告の項目に進まない。そうか。当初インターネット上で入力しそれを印刷して郵送しようと考えていたのだった。その段取りで入力していたので、改めて電子申告に変えるとなると再入力しなければならないらしい。
●仕方なくまた一からやり直し。
●ただ、もうやる気が出ない。それにむやみに眠い。そもそも花粉症っぽい症状が強かったし、雪とか降ってたのに…。雪と花粉って同時に出現可能なんだな。うーん。

確定申告(e-tax)入力編

●ICカードリーダーがAmazonから届く。Macでの対応を謳っているリーダーからNTT-ME SCR3310-NTTComを選んでおいた。いわゆるSUICAの残高などが確認出来る無線のそれではないが、そもそもそういったリーダというか、対応するアプリがまだ出ていないのが現状のようだ。だから仕方なく。
●そんなわけでハード的な準備はほぼ揃った。Macにもいろいろとインストール。ややこしいものを。
●そうそう、何しろMacでの確定申告はややこしい。ただでさえややこしいe-Taxだが、Macであるだけでさらにややこしい。なので、あちこちサイトを参照させてもらいながら行った。
http://straitmouth.jp/blog/setomits/1293
http://www.1010uzu.com/boyaki/2011/01/e-tax-2010-mac-snow-leopard
などなど。
●ただまだそこまでは行かない。医療費控除が目的だから、医療費の領収書を一つずつ入力していく作業を地道に。ということで今日はここまで。

●精神的に疲れているので、HDDに撮り溜まったフジテレビのドラマをまとめて7話みる。

ビジネス検定

●会社ではビジネス検定をやってもらったので、自分でもやってみる。なるほど、よくできてる。特に仕事を始めてから改めてやってみることに意味があるのではないか。
●つまり、専門学校生にとっての常識と、仕事をして5年とかもう慣れてしまった人との考えが逆転する現象が発生するのではないかと推察している。学生の方がむしろ社会人になるにあたっての不安があり、なまじぬるい会社にいる社会人より、意識は高いのではないかということだ。
 たとえば、B検でいう8つの意識。
 

 仕事の基本、B検の“8つの意識”は、学生気分から社会人の意識へ転換をはかるために有効です。
 これらは、企業活動では当然のことばかりですが、新入社員にイメージできないこともあります。
 B検では、実際の企業での事例を元にしたケース問題で学び、行動に反映できる力を養います。

 QCD意識だけでなく、改善意識や協調意識、目標意識。かなり普段から意識できるかどうか、実際のところ難しい。すくなくとも実際の仕事の中で当たり前のようにそれらの意識が体に染みこんでいるかどうかで、仕事の質が変わってくる。
 まあ、そういう問題じゃないところで、別の問題から、五年目くらいから捻くれてくるわけだけれど、それを新鮮な状態に保てるかどうかも重要な仕事なのだと考える。そういう記憶を呼び覚ます作用は今回の検定試験にもあるのではないか。
●と、今日はなぜかそんな話だけ。

数字のミステリー

●財務諸表のなかにある数字から、なぜこういう結果が出るのかという謎を解き明かしていくというミステリーを楽しんでいる。楽しんでいる場合じゃないのだが、謎が解けていくと楽しめてしまうから不思議だ。
●まったく畑違いの所からなのにもかかわらず、やる気になればそれなりのところまではできるものだ。あとはやる気になるかと最終的には楽しめるか。
●楽しめるかどうかは、ひいては自分の興味のある問題に目の前の事象を変換できるかどうかだろうと思っている。

●しかし、やらなければならないことが次々増えていく。あと二日しかない…。

介入

●今日は一日頭の中でいくつかのことが浮かんでは消えていく一日だった。そのほとんどは仕事のことだが、アイデア的なこともいくつか思いついたものの、それを書き留めるエネルギーがなかった。
 せっかく脳が動き始めても手が動かなければ意味がない。
●同じことが組織でも言える。わたし自身が各方面のことを試行錯誤を繰り返し、頭だけ使ったところで、人びとが動いてもらえなければ何も意味がない。
●国家レベルでは為替介入。83円から85円台まで回復。ただ、デフレスパイラルはまだ止まっていない。

『もしドラ』読了

●そこそこ話題になっている『もしドラ』。略称のままで失礼します。あの表紙がどうかと思うビジネス書である。かなり強烈なプッシュを受け、また先月だか先々月に大連で読むものがなかったので、ほとんど衝動的にiPhone版を購入した。
●いかにもな高校野球ドラマであるが、ドラッガーの原書にあたりたくなったのは、ある意味ではこうしたビジネス書はある種のドラマ性をもって描くことで理解が深まるということもある。あと問題はドラマツルギー。
●確かにビジネス書の大部分が極めてチープなドラマツルギーの上に成り立っており、それがひいては経済そのものの閉塞感を生み出しているのではないかとさえ感じられるほどだ。
●経済世界には「成長戦略」「成功体験」などのようなものがベースにある。だから云わんやチープなドラマツルギーに陥りやすい。しかし、わたしも労働者として働いている際にはよく感じたが、そのドラマに乗っかれないのだった。どう考えても面白くない。
●なにか経済書、ビジネス書の類でも新たな展開を見出せないものだろうか。
●日本の少子化と同時に向かうであろう今後の「経済成長戦略」以外のまた別の生き方があるんじゃないかともまだ思っているんだが、まあ、その神話はなかなか簡単に崩せそうにない。

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■倉光仁美・妻・つまん
 見学者の演出担当であり、妻でもある。
■むすこん
 息子のこと。ネット上の相性。(この流れでわたしも「おっとん」と名乗るようになる)
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 大連駐在時に日本料理屋のウェイトレス張さんにもらった猫
■ハム
 ロムとその日本料理屋で飼われていたアサヒ(オス・現在北海道にいると思われる)との間に生まれた娘猫。

■歩く会
 都内を中心に歩く会。

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