- 2007-11-05 (月) 23:58
- -101-地下室
●言葉の並びが心地よい独白が続く。その前にそこに至るまでの変容ポイント。
自意識過剰の人間は、もちろん自然の懐から生まれたわけではない。化学実験装置の蒸留器から発生したそういう人間は、自分と正反対の者を前にすると、ときにはすっかりひるんだあげく、強烈な自意識をもっているくせに、自分を人間ではなくネズミだと真面目に考えたりするからだ。たとえ強烈な自意識を持つネズミにしろ、それでもネズミには違いない。ところが相手は人間だ、したがって……(中略)そして、重要なのは、彼が自ら自身をネズミだと考えている点だ。誰に頼まれたわけでもないのだ。ここが重要なポイントだ。
●こう来た上で、さらに続きを見てみたい。ちょっと長くなるけど、編集しながら引用する。
さて次に、このネズミの行動を見てみよう。仮にネズミもまた、侮辱を受けて腹を立てているとしよう。そしてやはり恨みを晴らしてやろうと望んでいるとしよう。ネズミの憎しみは、ひょっとすると、<自然と真理の人>の場合よりいっそうひどく鬱積するものかもしれない。侮辱を与えた奴に同等の悪意で仕返しをしてやりたいという、嫌らしい品性下劣な野望は、<自然と真理の人>よりいっそう醜くネズミの心を掻きむしっている。なぜなら<自然と真理の人>は持って生まれた愚鈍さゆえに、おのれの復讐心をしごくあっさりと正義だと思いこんでいるのだが、ネズミは強烈な自意識ゆえに、この際正義などというものは否定するからだ。不幸なネズミは、当初の不快さに加えて、自分の周りに疑問だの疑惑だのの新たな不快さを、山のように堆く積み上げてしまう。一つの疑問が生ずると、そこへまた山ほどの未解決の疑問を呼び寄せてしまうので、ネズミの周りには嫌でも何やら宿命的などぶ水や悪臭ふんぷんたるぬかるみのようなものが溜まっていくのだ。このどぶ水、ぬかるみの成分は、ネズミ自身の疑惑、同様、そして裁判官だの独裁者だのの姿をした率直なやり手タイプが、、勝ち誇ったようにネズミを取り囲み、大口を開いて笑い、吐きかける唾なのだ。
●と、ネズミのたとえから自らがネズミに変わっていく様子はまさしく変容である。さて、ここからだ。というか、こんなに長く覚えられるのか。いや、まだまだまさしく「序の口」。ここからまだまだ先に進む。膨大な台詞との格闘である。この流れは非常に面白いので、是非採用したい。で、次。
もちろんネズミとしては、これらすべてを歯牙にもかけぬといったふうに、小さな手でひと払いして、我ながら疑わしい見せかけの軽蔑の笑みをにやりと浮かべるなり、自分の穴にすごすごと潜りこむしかない。この嫌になるほど悪臭ふんぷんたる自分の地下室で、侮辱を受けて笑いものにされ傷ついた我らがネズミは、たちまち冷ややかな毒気にみちた、しかもいつ果てるとも知れぬ悪意に身を浸すのだ。四十年立て続けに、自分の受けた屈辱をその最も些細な恥ずべき細部に至るまで一つ一つ思い出しては、しかもそのたびに、自分でもわざわざいっそう恥ずかしいディテールをつけ加え、自分で作り上げたその虚構で意地悪く己をからかい苛立たせるというわけだ。さすがに自分でも、でっち上げた虚構を恥じることになるのだが、それでもすべてを次から次へと思い出しては、ありそうもないデタラメを、そんなことだって我が身に起きたかもしれないじゃないかと考えだし、そうした屈辱をどれ一つとして赦そうとはしない。それでいて、おそらく復讐を始めるにしても、それは何となく中途半端に途切れがちの、みみっちいものであり、しかも自分はぬくぬくとした場所に隠れたまま、匿名でこそこそやるに違いない。自分に復讐の権利があることも、復讐が成功することも信じずに、むしろ復讐の試みゆえに自身が相手の百倍も苦しむことになり、しかも相手はたぶん、痛くも痒くもないに決まっていることもあらかじめ知っているのだ。
●いや、本当はこの次のセンテンスからが台詞としては凄くいいのだけれど、今日はここまで。何しろ俺も2時間しか寝ていない。
