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百の目、千の事象

再会/髪を切る

●2005年に新宿で会ったきりになっていた大学時代の友人がわざわざうちまで来てくれた。7年ぶりでもスッと当時の感覚に戻れるから不思議だ。わりと男性には人見知りするむすこんも彼にはまったく人見知りせず。親が気心を許しているのがわかるのかもしれない。
●夕方、駅まで送ってそのまま髪を切る。
●担当の人は6月までとのことなので、それまでは熊谷に出てこよう。

まとまらず

●暦の上では春。
●今日も今日とてせっかくのお休みなので、両親が来て1歳になったむすこの誕生祝いと伝統行事的な「一升餅」。妻の実家を含め、他からも話を聴いたところによると、九州では1歳で餅を踏むというのがあるらしいが関東ほかでは背負わせることが多いようだ。あるいは選び取りとか。「一升餅はまあ、一生食うのに困らないように」という話だけれど、ちょっと文化的な背景にどんな意味があるのか、どんな発祥だったのかその由来を考えるのも面白いのかもしれない。
●なんだか昨日からの思いを整理できぬまま、頭の中は久しぶりにフル回転していて、結構な疲れ方。父母が帰ったら昼寝して、夕方からちょっとした買い物と夕飯。そんなこんなで一日が終わる。

むすこ初の誕生日

●家族三人でたっぷり祝って、豆もまく。

●以前も書いたTwitter長屋理論のことだけれど、お祝いツイを大量にもらった。
 見学者でWeb活動を続けてきたけれど、Web上ではこれだけのメッセージをもらうのははじめてのことだ。
 舞台のアンケートはそれはもう相当量いただいたけれど。
●育児用のツイには逆戻りできないような考え方でアカウントを作ってある。向こうからはこちらにアクセスできるけれど、こちらからは向こうにアクセスできないというように。そもそもなぜアカウントを分けて育児専用のツイをはじめたかといえば、経営者=演劇関係者にならないように、演劇関係者=子育てにもならないからだ。語りかける言葉が違う。
 ここではあくまでも「見学者」を主体としたわたしの日記なので、演劇人としての言葉で考える。しかし、生活者としての土台があって、そこも生まれる。

●すべてのSNSを混ぜると60人以上の方々に「おめでとう」をいただき、それに返事を書いたわけだけれど、書いていたらもちろん一年間を振り返ることになるわけで、やはり、育児アカウントで繋がった人達との感謝が先に出てくる。
●そんなこんなで溢れすぎる思いを整理できずにいたら一日経ってしまった。

FinalCutProX

●欲しいなあと思ったまま、ずっと迷っている。表題のFinalCutProX。その前の前のバージョンがかなり高額で、そこから買い始めたものの、Macのスペックが追いつかず全バージョンではインストールすらできず。妻のMacでがんばった。
●今はProシリーズもAppStoreから格安で購入できる。
 ただ、今回のFinalCutProXは前バージョンとの互換性を失い、さまざまな今までの資産を一気に無視した点で、多くのユーザーを失ったようで、あるいはそのインターフェイスやできることから、iMovie Proとも揶揄されていたが、そもそもAppleのハードもアプリケーションも耐用年数は決して長く作られていないことからも、むしろ時代の変化と共に新しい時代を切り開く存在として常にあり、そこで魅力を作ってきた会社であることをこのソフトのことを通してあらためて考えさせられている。
●結局、甥っ子のビデオ編集くらいしかしていないのだけれど。これからだって息子のビデオくらいなのか。そうして、技術的なものを習得していくうちに、より直感的で簡単になったものがでてくる。
●AirMacユーティリティーもアップデート。インターフェイスが大幅に変わる。
●OSのLionも10.7.3へ。
●ただ、去年まではほぼ毎日のように暇さえあれば、iPhoneやApple製品についてチェックしていたけれど、その時間がむすこにさかれるようになったのだった。完全な親バカ生活。
●劇作家生活もしっかりせねばね。

嫌な予感

●いろいろ書きたいこと、書かなければならないことがあったような気がするんだけれど、どうにも脳が回らない。
●なんかいやな予感がするなあ。風邪じゃないと思うけれど…。

中国からのメール/一月の終わり

●中国人からのメールが入っていた。突拍子もないメールで、かつての怪我についてその影響があるから自分が60歳になるまで保証しろというものだった。心苦しいが権利として主張するとあった。
●まあ、こうした類のメールに素直に反応してはいけないと思いつつ、懐かしさから心を開いて読み始めた結果、中身がそんなものだったときのガッカリ感たるやもうひどいもんだ…。まあ、まともに取り合わないようにしよう。
●さてさて、もう一月が終わる。こどももまもなく一歳に。
●本当にこの一年あっという間だったなあ。

モヤモヤする

●仕事がモヤッとしたまま帰ってきてしまったが、まあ、帰ってきてこどもの顔を見ればそういったモヤモヤは吹き飛んでしまう。
●しかし、そんな息子が寝てしまうとそんなモヤモヤを思い起こしつつ、何も書くことがないので、本を読んで寝ることにしよう。

●ある程度、任せなければいけないと思いつつも、どうしても気になる部分に関しては口を出してしまうんだよなあ…。我慢しなければね。そして、あっという間に月末が早いな。

動き出すまでの準備

●今日は午前中のうちに仕事をおわらせて、午後からは佐野のプレミアムアウトレットへ。

●まもなく誕生日を迎えるむすこんのために禁断のレゴブロックに手を出してしまった。わたし自身はドイツで生まれた何とかというブロックでずっと小学校高学年くらいまで遊んでいた記憶がある。とにかくブロックと人形を使って、朝から晩まで遊んでた。
●ただ、人形遊び(台詞のやりとり)の日と、そこに行く前の準備の日(もっぱらブロックで設定だけ作り続ける)というのがあって、何日も準備の日があったのちにやる人形遊びの日は楽しかったのだとうっすらと記憶している。逆に準備がダメだと、全然自分の中で盛り上がらない。
●それはまさに戯曲を書くのと同じ状態だ。
●台詞を書く前に、ああでもないこうでもないと舞台の設定を考え、そこに「兆し(萌し)」を感じられる状態になってはじめて、人形達が動き始め、言葉がスッと出てくる。

●そのほかにもいっぱいの買い物。家族で過ごせる休日に感謝。

撮影技術

●朝は富士五湖近辺を震源とする地震で目が醒める。
●午後からは久しぶりに家族でゆっくりと買い物。とはいえ、予定とは大幅に変わってしまった。
●まずむすこんの一歳の誕生日に写真を撮ってみようかと、いわゆるチェーン店ではなく、町の昔ながらの写真屋さんに行って、話を聴いてみた。わたしにとっての一番のポイントは、デジタルデータがおまけでつくかあるいは買えるかどうか。過渡期なんだろうなあ。反応が今ひとつ。外でプリントするためにではなくて、デジタルデバイスに入れる、持ち歩くためだというのがわかってもらえないようだ。
●で、ふと、出てきてしまったのは、「だったら我が家で撮影できるようにしてしまうのはどうだろう」という考えだ。記念日だけでなく、それなら撮りたいときに撮ればいい。
●カメラもプリントのためのプリンタも充分なものが揃っている。あとは腕と、照明。
●というわけで、ホームセンターに行ったついでに、そこで前々から考えていたレールライトを導入。LED電球と組み合わせて、電気代を落としつつ、全体の光量を増やす作戦。ホームセンターにはいわゆる投光器も売っていて、それも興味深かったけれど、今回はあくまでもレールライトだけ。これも従来の照明器具を外したところにそのまま工事無しで取りつけられるタイプ。こういうものが出てくれると本当に助かる。
●その他にも、前々から欲しかったマグカップも買えたし、思いも寄らないところでメガネの曲がったのを無料で直してもらったり、とにかくいい一日だった。どんどん進む。

●写真照明の技術についてはすっかり忘れてしまっていた部分もあるが、今はネットでだいぶ調べられるし、それで思い出せる。

白鳥/魚の死

●昼休み。近くの多々良沼に白鳥が飛来してきていると看板が出ていたので、それを見に行く。

 今日午前中だけでも80羽の白鳥が渡来しているらしい。
●一方でその隣接した別の沼では数日前に、魚が大量死したニュースを見た。
 魚大量死:多々良沼で1万匹超す死骸 有害物質流入か /群馬 – 毎日jp(毎日新聞)
 いっぱい釣りしてる人もいたけどもね。
●沼についてまだまだ書けそうなこともある気がする。『次の出発』では奥に広がる設定だった「沼」だが、そのものを舞台にしたスケッチを書いてみようかな。なんかそういう発想からなら気軽に書けそうな気がする。

背伸びしない

●夕方から、青山でお客様の新年会に参加。
 普段はなかなか入れない敷居の高そうなお店もこうした機会を得て、なんとなく得した気分になりこそするが、まだ自分の身の丈に合っていないのも感じる。わずかな背伸びくらいならまだしも、まったく身の丈に合わない服を着るというのはなかなかしんどいものがある。

●わたしはもともと、偽りの姿についてより説得力を持たせるタイプの演技より、その役者本人が持つ本来的な有り様をそのまま引き出すタイプの演技が好きで、そうした芝居をつくってきたつもりだ。
 それはいわば人生観から出発していて、「自分ではない特別な何者か(たとえば、ハムレット)」になるのではなく、「徹底して自分と向き合い削ぎ落とした先に見える人間の姿(役者そのものの人間)」に興味があるからで、前者はややもすると戯曲のための道具にしかなり得ないが、後者は役者そのものを見ることが出来る。
●まあ、このあたりは好みの問題もあるし、わたしも完全に前者の演技的な演技が嫌いなわけではないし、技術的には必要であるとも思う。
●ただ、話を元に戻せば、人生という舞台の中で、ずっとハムレットであり続けるわけにはいかない。ハムレットの役者も開演中、出番がないときには舞台袖にはけることができる。そこでは役者の身体と呼吸に戻っている。
 実生活では出ずっぱりの舞台の中で、永遠に隠し続けられる演技は不可能だ。本来持っているその人らしさというものは必ず出てくる。
 それはデコボコで、整っていなくて、下手くそで、言い淀みもある、不愉快なものかもしれないが、だからこそ面白い。
 そこを見ていく必要があるし、それを肯定していきたい。
●まったく何の話をしているのかわからなくなったが、青山円形劇場から表参道の街並みを見つつ、車を停めた場所まで移動する途中、ふと過去の考え方から、経済人としても基本的に何も変わっていなかった、と思う。
●経済もきっと少しずつ、生活に先行するもの(市場原理で動くもの)ではなく、生活のためのもの(社会的贈与で動くもの)になりつつあるのではないかと期待している。そうなってもらわなければならないし、そうしていかなければならない。

敬天愛人

●日本の経済の動向について、今がどういう状況なのか、世界のなかでどういうわたしたちは立っているのか。どんな位置付けにいるのか。
●製造業は何をすべきか。
●そのなかで経営者はなにをしなければならないか。
●「天を敬い、人を愛す=敬天愛人」の心をもってして激動の世界に向かうべきだと教えられる。
●さまざまな社会情勢のこと、勝ち負けではないもの。中小企業だからこそできることを改めて考えさせられる。そんないい講演会を聴けた。
 アメリカ、システム思考、ドル、ユーロ、ヨーロッパのしくみ、金融、第二次産業、農民と商人、三つの物価指数、インフレ、イラン、中国、日本政府、官僚のしくみ、補助金、増税、公共料金値上げ。
 すべてが刺激的だったし、目が醒めるような話をたくさん聴けた。

図解と論理的思考

●今改めて論理的思考が出来ない人たちと仕事上の話をするときにぶつかる問題の数々に少し辟易している。あきらかに自己都合を優先させた発言だったり、それが何を意味しているのか、わかってない。
●そんななか改めて注目しているのが図解思考だ。
●わたし自身の弱いところでもあるが、言葉でうまく説明できなかったりするときに、何とか図解で説明できたらなあと思うものの、うまくかけない。こればかりは訓練しかないのだろう。とにかく少しでも思っていることを正しく誤解のないように伝えたい。
●さらに文字や図を書くようになると簡単なイラストくらいは描けるようになりたいと思う。
●しかし、画力がなあ…。

メモリ増設

●MacBookPro13インチを使ってだいぶ経つわけだけれど、Lionにしてからもったり感が強くなったような気がしていて、特に写真アプリのApertureなどを使っているとレインボーグルグルが止まらなかった。
 メモリは購入時から4GBだった。
●それを8GBへ。倍にした。

●精密ドライバーで裏蓋を開けたら、メモリもHDDもバッテリーもDVDドライブもすべて出てくる。こうした拡張が非常に簡単になったのはうれしい。
●で、8GBにしたらやたらと快適。とにかくMacの都合で止まることがない。
●これで仕事も戯曲もガンガンやらなかったら、バチが当たるというものだ。

くまのがっこう

●むすこんがお茶を飲むときに使うカップにくまのがっこうのジャッキーというキャラクターが描かれていて、それを毎回指さして笑っているので、今後、たとえば外に出掛けて愚図ったときに何かの役に立つのではないかと、そのグッズを買いに行く。
●絵本を買って、日本人によってつくられたキャラクターなのだと知ったし、またジャッキーというキャラクターが女子なのだということも知る。
●まあ、今日はそれだけ。

Facebook名刺

●今となってはどういう経緯でこれを注文したのかあまり記憶にないが、とにかく印刷とSNSなどを絡めたものは、とりあえず手を付けることにしようと仕事の目線からも考えていて、これを頼んでいたのだった。

●Facebook用の名刺。無料のサービス期間だと何かのニュースで見て、ものは試しと頼んでいたのだった。
●Facebookカバーをそのままデザインにしたもの。ネットでレイアウトを決め注文。
●イギリスから届く。
●しかし、名刺をイギリスに注文し、輸送費をかけて送るというのはわたしのなかではまったく考えられることではない。もともと印刷は地場産業にしかならないと考えている。ただ、どちらで利益を考えるかという問題なんだろうなあ。
●今回は特に無料サービスであって、印刷はあくまでもサービスであり、たとえば今回ならmoo.comに住所や個人名、カードまで登録させることに意味があるのかもしれない。お金ではなく、個人情報を渡してサービスを受ける時代だ。
●問題はこれがビジネスである以上、その後の個人情報を何とかしてお金に変えようといろいろ画策するだろうということだが、まあ、直接情報を売らなくても、他のネットサービスと連携するとか、いろいろやり方はある。

●さらに、ユーザとして書くならば、わたしの場合、仕事の名刺、見学者の名刺とあるが、Facebookではそのすべてを統合させており、ましてや生活者としてのそれも混ざっているので、何かと自己紹介にはちょうどいいツールになっているのではないかと思う。
 そういう意味でも注文してよかった。いや、これより品質のいい印刷物はデータも含めてもっといいものもできるけど、わざわざつくるほどでもなく、上記のイギリスからわざわざ発送された無料の名刺というところの話と抱き合わせで渡せるくらいの感じがちょうどいいのではないかと考えている。

iBooks Authorの登場

●これはほとんど事件だと言っていい。
●印刷関連業を営む立場からも、書き手の立場からも、いずれからも大きくメディアが揺るがされている。
●「紙」というメディアがエジプトでパピルスとして発明され、それとしきりに対比されているかたちで現在のいわゆる電子メディアデバイスは認識されているが、その流れに乗って考えれば、今度は、編集・出版と・流通という流れそのものを新しい形で再発明しているのがこのiBooks Authorの流れだ。
●「教科書の再発明」としてiBooks2と共に出てきているが、これは出版全体を大きく揺るがすことになるだろう。アプリを作らずともMacで無料で本が書け、消費者の前まで流通させることが出来る。
●編集という仕事の重要性も理解している。そこがなくなって、質の低い分野になってしまい、陳腐化していくのは決して物書きの世界の人達にとってもプラスにはならないと考えているだろう。
●ただ、新しい使い方はきっと出てくる。
●たとえばわたしの上演台本では、演出時に文字情報だけでなくある絵や写真を引用し、演技の参考にすることがある。それも同時に載せることが出来るわけだ。もっとiPadが軽くなって、薄くなったり、壁に投影できる機能がついたりしたらきっと稽古場での利用の方法もグッと広がるんだろうなあ。まあ、本当に楽しい夢を見させてくれる。

●ただ、そうはいっても紙デバイスが消えることは決してない。本は買うんだけども。それとこれとはまったく別の次元の話。何しろ代替の発明ではなく、新しい発明なのだから。

こどものためのスケッチから

●仕事はそれなりに進んでいるのだけれど、一向に創作のほうが進まない。スケッチも進展がない。そのためのノートを買ったわけだし…、iPadにもPagesをいれておけば、縦書きは出来ないけれど、iCloudでMacや同期できる。環境は着々と整っているのになあ。
●ただスケッチに関して考えていたのは、こどものためのパパママが演じる戯曲というものだ。
 たとえば、七歳くらいまでが対象で。各年齢別に戯曲は異なるはずだ。幼稚園児向けとなると、まあ、そこそこ物語的要素が強くなるだろうが、1歳児や言葉のわからない0歳児向けになるとそれは極めて実験演劇的になるだろう。
●まあ、それは半分冗談だとしても、生活から考える演劇のスタイルとか、地方から考えるとか、いまだからこそできるかもしれない。変な野心とかなしに。ただただ自分たちのために純粋に作ってはどうか。

●塗り替えられる記憶や歴史の物語も一方では考えているが、積層する土壌や文字通り塗り替えられる外壁、あまりメタファーになるものが浮かばない。そして、メタファーを考えると逆にいつのまにか放射性物質の問題が想起されてしまうという罠がある。
●いま、どんなものをつくっても、結局解釈の頭がそちらに行きはしないか。

●反原発という運動としてのテーマはわたしもそろそろいいだろうという気がしている。世間的なコンセンサスは広く得られているのではないか。あとは具体的にどうするかという粛々とした段階にそろそろ入らなければならない。
 ただ、一方で忘れないようにしないいけないわけだけれど。

ノートを買い換える

●午前中から仕事のことでモヤモヤしていて、どうにも気分転換できなかったので、昼休みに文具店のなかをウロウロする。ホームセンターの中の大型の文具店なので商品が充実している。
●スケッチブックや各種シール、メモ帳、マーカーペン。あとイラストの描き方の本、それ用のパペットまで売ってる。楽しくなった。で、前からノートを変えようと思っていて、ここならと見つけたのがA5サイズ無地100ページの800円するノートだ。
 紙がいい。あんまり高すぎて、何を書いたらいいのかわからなくなってしまったが、気軽に書かなければノートの意味がない。ただいつもより丁寧に考えをまとめたりするのに使おう。
●そんなわけで、簡単なイラストを描きたいと思っているのだが、いっこうに絵は巧くならない。考えをまとめるにも、絵が描けるって結構大事なポイントじゃないかと今さら思う。正確な絵じゃなくて、図式化も含めて視覚化するということが大事だ。それで一旦客観化できる。
●モヤモヤも新しいノートをぱらぱらとめくっているだけで少し解消される。
●まったく不思議なものである。

思い出しながら

●昨日から人のところのWordpressのデザイン変更。CSSやらを思い出しながら、あるいはIllustratorでいろいろいじりながら、作業。
●特に自分で一からつくったものじゃないから、ちょっと思い出すまでに時間が掛かる。
●この見学者のトップページもちょっと明るいものに変えたいのだけれど、なかなか…。
●まあ、徐々に体調が回復してきてるのがすくい。

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■倉光仁美・妻・つまん
 見学者の演出担当であり、妻でもある。
■むすこん
 息子のこと。ネット上の相性。(この流れでわたしも「おっとん」と名乗るようになる)
■ロム
 大連駐在時に日本料理屋のウェイトレス張さんにもらった猫
■ハム
 ロムとその日本料理屋で飼われていたアサヒ(オス・現在北海道にいると思われる)との間に生まれた娘猫。

■歩く会
 都内を中心に歩く会。

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