Web更新情報
あれから半年
どんなことがあろうと決して忘れることのない事故。今からでも遅くない、原子力発電所0を!「さようなら原発1000万人アクション」に見学者も賛同します。 そして、改めて考えさせられたのは、わたしたち人間はそもそも経済の上に [...]
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-101-Work概要編_no.1
『地下生活者の手記、あるいはブリタニカ論文(仮)』 -100シリーズ(ソロアクト)- 時期・場所:未定。 作・出演・データ:黒沼佰見 演出・映像:倉光仁美 -あらすじ- 一人の男がその部屋にいた。男はその部屋から出ようと [...]
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Aphorism
普遍的なもののなかでの
あたかも、普遍と個との間の行き来は、現実の舞台で行われるのに反して、普遍的なもののなかでの生活は、ただ舞台背景の書き割りに、描きこまれていくかのように見えるものである。 フランツ=カフカ(『実存と人生』第四のノートから)
夜の到来、影の侵入
芸術はある特殊な型の現実を認識するわけではない。ー芸術は認識とは際立った対比をなすものなのだ。芸術は不分明化という出来事そのものであり、夜の到来であり、影の侵入である。 (エマニュアル=レヴィナス『レヴィナス・コレクション』「現実とその影」より)
言語は思考を前提するのではなく、これを実現する。
わたしたちは内的な言葉や外的な言葉によって、自分の思考を示すのであり、[言葉で表現することは]実際には思考の経験なのである。 もちろん思考は、一瞬のうちに稲妻のように進む。しかしわたしたちはその後、思考を自分のものとする作業をしなければならない。そして思考が自分のものとなるのは、表現によってである。 メルロ=ポンティ『知覚の現象学』より
ノイズ汲み取り室
ルール:一日一文字ずつ「ひらがな」を入力していき、漢字変換は頃合いを見てまとめて行いつつ、あまり先のことを考えないで文字を選ぶことにして、ときどきまとめて読み返す。この繰り返し。書いているわたしもどうなるかわからない。
Web十二周年
1999年2月22日に当時の劇団鬼に金棒!のサイトを立ち上げてから今日でちょうど12年である。当時はとにかくネット上で参考にするものが少なく苦労した。こんなことをやりたいと思って、それを形にしていく作業をおもしろがって [...]
拠点を移す●拠点を移した。埼玉県熊谷市から群馬県太田市である。ついに北に戻ってきてしまった。この土地が嫌で嫌でしょうがなかったのではなかったか。だから18の時に出ていって、あの大きな川の南側へ移り住み、それからはできるだけ東へ、南 [...]
禁煙●もっぱら最近の見学者は禁煙やらダイエットやらと10年前の自分が聞いたら、失望しているような状態なのかもしれない。 ●ただ今回の禁煙ブームは、経済的なところも大きい。 ●いずれにしても喫煙の12年間。さようなら。ほとんど [...]